これは アイとかコイとかと 簡単に呼べるような感情ではない。



陽のあたる場所で。―3―



大きなスギの木の上から ひとり、校庭を見下ろしている才蔵。
その彼の頭の中も、ひとりの人物のコトでいっぱいだった。

「・・・・・・しのぶさま・・・・・・」

こぼれる吐息。
随分と長い間、こうしていろいろな所を捜しているのに、彼女は見つからない。

「千代姉が追ってくると思って、普段よりもますます気合をいれて隠れられたのだろうか・・・」

・・・この言い方には、語弊がある。
しのは そういつもいつもかくれんぼに勤しんでいるワケではない。

カチっと、時計塔の針が時を刻んだ。
あたりに響く、昼休み終了五分前の鐘。




・・・・・・時間がない・・・・・・。




こう考えると、余計に焦ってしまう。




上からでだめなら 下からだ。
案外、木の下なんかに隠れているかもしれないし。


「・・・はやく、見つけなければ・・・・・・。」


呟くと、しゅたっと地面に降りた才蔵。




・・・これは、主を守らなければならないという使命感や義務感からではなく。

まして、ゲームの勝ち負けに関わるという考えからきた言葉でもなく。




      ただ、大切だから。






焦る気持ちとは裏腹に、物事は少しも進んでくれない。
ただ、時間ばかりが過ぎていく。

才蔵は立ち止まり、大きく息をついた。
額から滴る汗。
開襟シャツの背中も湿っていた。
それでも彼は、ほとんどものを識別できない瞳をこらし、あたりを捜す。




見えないのなら、感じればいい。




才蔵は、静かに目を閉じた。






ざわざわ、ざわざわ、木々の囁く声。


ゆっくり歩んで、そっと手で、草を掻き分けてみると。

「・・・・・・見つけました。」

子供の背丈ほどしかない木々の間に潜むかのように、彼女はいた。

「才蔵が、しのを追っていたの・・・・・・?」

ほっとしたような、声。
無意識のうちに、才蔵は彼女に向かって両腕を差し出していた。
そのまま、無抵抗の彼女をきつく抱きしめてしまう。

「さっ、さいぞー!??」
腕の中で、上ずった声が聞こえた。




これはアイとかコイとかと、簡単に呼べるような感情ではないけれど。




「・・・しのぶさまは、必ず才蔵が捕まえます。」

まっすぐな、迷いのない才蔵の言葉。
聞いたとたん、しのは頬が熱くなって。

「・・・だれが、決めたの?」

ちょっと、イジワルを言ってみた。


・・・・・・彼がなんと返すか、知りたくて。


「僕です。」




耳元で、しかも真顔で即答されると、さすがのしのも 笑うしかなかった。



「戻りましょうか、さっき、予鈴もなっていたコトですし。」
「・・・そうね。」





これはアイとかコイとかと、簡単に呼べる感情ではないけれど。
それでも 甘く、酔いしれていたい。

・・・・・・・・・・・・・・・少しだけで、いいから。




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