ONE DAY something 〜月と泡沫〜



「あとで お茶をお持ちしましょうか?」

メイドの申し出を、

「いや、いい。」

俺は 即、断った。



茶なんてのは、やることを終わらせてからゆっくり楽しむモンだろ。





◆◇◆



「・・・遅い!!」

俺は、しびれを切らしていた。
普通、だいたい 教えてもらう方が先に来るもんじゃないか?
来たら た〜っぷり嫌味を言ってやろう。

こう思いつつ、彼女が来るのを今か今かと 待っている自分。

勉強を教えるのだって 貴重な時間だ。
キミといられる 貴重な時間。



こんな風に考えると、自然と胸が高鳴る。
・・・・・・・・・秘密だけど。







トントン とノックの後、扉が開いた。



「遅いぞ、さと・・・・・・」



俺が振り向いたそこには、待ち望んでいた人の姿はなく・・・・・・・・・





「風茉さま、お電話です。」



















なにやら急な総会が開かれるらしい。

そして、和久寺産業グループの現総帥が 大事な総会に欠席するのは いただけないらしい。



俺はため息とともに、スーツに袖を通した。





「・・・・・・ごめんな、咲十子・・・・・・。」











「いってらっしゃいませー!」

メイドたちに見送られ、俺と鋼は屋敷を出た。

咲十子も気丈そうに「いってらっしゃい」なんて手をふっていたが、
茶色の瞳は 寂しげに揺れていた。



俺はそんな彼女に後ろ髪をひかれる思いで、車に乗った。









「なぁ、鋼。」

「はい、なんでしょう?」

「・・・咲十子は・・・淋しい思いをしてないだろうか?」





車内。思わず俺は鋼に聞いていた。

「大丈夫ですよ。咲十子さまは風茉さまのお気持ちを、ちゃんとわかっておられます。」

にっこりと笑った鋼。
俺は安堵のため息をつく。



「・・・・・・そうか・・・・・・。」





俺の、気持ち。



















「えー、来月期の決算は・・・・・・。」



つまらん話し合いが続く。
だいたい、経営能力のないオヤジ達がごちゃごちゃ言っててもダメなんだよ。

はっきり言って、無駄な時間だ。

俺と咲十子が一緒にいられるじかんを邪魔しやがって。



我儘??・・・・・・・・・そうだな、大人たちはそう言うだろうな。

俺のことをいけ好かないヤツだと思っている大人たち。



こっちだって お前等なんか、だっ嫌いだ。









「鋼、行くぞ!!」



会議が終わるや否や、俺は鋼を引っ張って 車に飛び乗った。







早く帰ろう。







咲十子の待つ、あの家へ。







◆◇◆







「おかえりなさいませーっ!」

いつもながら、元気なメイド達。
しかし、俺の一番逢いたい人の姿は、そこにはなかった。



「・・・咲十子は?」

「はい。風茉さまのお部屋に行かれましたよ。」

「そうか。」





後ろからクスクス笑う声が聞こえたが、気付かぬフリをして俺は急いだ。







これ以上、彼女をひとりにしないないために。







キィ、と 扉を開く。

薄暗い部屋。



「・・・いるんなら、電気ぐらい点けろよ・・・。」

独りごち、蛍光灯のスイッチを入れる。





明るくなった部屋。
隅の机に、咲十子はうつぶせていた。

おおかた、俺を待ちくたびれて眠り込んでしまったのだろう。

気持ちよさそうに寝息をたてて。





眠り姫。





言うなれば、これしかないと思う。





「・・・しょーがないな・・・。」



本心では、もう少し寝顔を眺めていたかったけど。



「咲十子、咲十子、そんなところで寝てると風邪ひくぞ。」

「・・・ん・・・」



俺が声をかけると、彼女まつげがぴくりと動いた。







「ふ、風茉くん 帰ってたんだ〜」



目覚めての第一声がコレだった。
まったく咲十子らしい。

俺は緩む頬を押さえて、尋ねた。



「・・・で、なんか用だったのか?・・・まさか物理の宿題がまだ終わってないとか・・・」



俺の言葉に、咲十子はぴくんと目を丸くする。



・・・・・・もしかして、図星か??







しかし彼女はふるふると首を振って、



「そーじゃなくてね、私も何か風茉くんのためになるコトをしてあげたいなーって思って。」

「・・・はぁ?」



思わず、素っ頓狂は声を出してしまった。

突然に、ナニを言い出すんだよ。





「あのねっ 私、勉強とかじゃ風茉くんに敵わないけど・・・何か、風茉くんの役に・・・」



必死に説明をしている咲十子。
一生懸命な本人は気付いてないんだろうな。





見ていると、心が温かくなる ということに。





「・・・・・・ぷっ・・・・・・あははははははっ・・・」



俺はこらえきれなくて、笑い出してしまった。



「・・・えっ、ふーまく・・・」



驚いたような、咲十子の声。





本当に気付いてないんだ。
そう思うと、余計に面白くなってくる。



この温かさには俺だけが気付いてて、
俺だけのものなんだなって 感じられるから。







「ふー・・・急にどうしたんだ 咲十子?」



膨れっ面をしていた咲十子だったが、一息ついて俺が尋ねると 少し俯き、小さな声で言った。



「・・・どーもしてないケド、私、風茉くんのためになってるのかなって・・・」

「え?」



予想外の答え。





「だってそうじゃないっ 私、風茉くんに何もしてあげてないっ!」









そのまま、咲十子は完全に俯いている。





知らなかった。咲十子がそんな風に思ってくれていたなんて。





だけどな、咲十子・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・俺は、もらってるよ、咲十子に。見えないモノ いーっぱい!」





「そんな、私、何も・・・・・・・・・」







それきり、黙ってしまった。





ああ、そうか。
これは、自分が彼女のために何かしてやりたいと思うのと同じ。







ふわふわして・・・・・・なんだか、すごく・・・・・・・・・。







「・・・そんじゃ、さ・・・これからもずっと、俺のそばにいてくれる・・・??」







不意に、口にしていた。
言ってしまってから 恥ずかしさはこみ上げるというものだ。
俺はもう、咲十子の顔を直視できなかった。







「でっ・・・でも 風茉くんっ、ソレって当たり前のコトだよ!?わざわざ・・・・・・」





『あたりまえ』





あのさあ 咲十子、その一言が どれだけ俺を喜ばせてるのか、知ってるか?

まるで羽根布団で包まれているような 優しさを感じられることを、知ってるか?







「いーんだっ 俺は ソレがうれしーんだからっ!!」







うれしくて、でも照れくさくて。







「・・・返事は!?」





固まってしまった咲十子に、俺は怒鳴った。



「・・・え、あ、はいっ!!」







咲十子は慌てたように答え、そして微笑んだ。







『これからも  ずっと  そばにいるね』

と。








今日の出来事は、キミから俺にくれた我儘だと思っていいのだろうか。







ちょっとは、自惚れてもいいということなのだろうか。




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