星空のシンデレラ・パーティ


燕雀探偵社、そこは北欧神話のロキ神が元の姿に戻るため、日々難事件を解決する探偵として忙しく活躍している場所…のはずなのですが……


「ねーお願いだよ、ロキくんーっ」
「なんでボクがまゆらの学校のダンスパーティに行かないといけないのさ?」

 そこでは少女と、この館の主である少年の口論が繰り広げられていた。
「だって私、上手に踊れないからね、見学してようと思ったんだケド…みんなダンス、上手いんだもの…でね、ひとりでいるのっていやじゃない?学校関係の偉い人も来るって言ってたし…。」
 まゆらはしどろもどろにその理由を話した。
その瞳は、切なげに揺れている。
「……しょうがないなぁ。」
「一緒に行ってくれる?やったぁ!ソレじゃ、きょうの午後6時に迎えに来るから!」
 まゆらはロキが返事をするや否や、コレだけ言い残すと慌しく探偵社から立ち去った。
残されたロキは、いつもながらのため息をつく。
「はぁ〜…ボクも甘くなったもんだなぁ…。」




◇




 午後6時、西の空がかすかに赤く色づいた頃、ロキの元にまゆらがやってきた。
その姿はいつもの制服ではなく、膝よりも少し丈の短いドレスにシンプルなデザインの靴、そして髪には大きなリボンという格好だ。
全体が白一色で整えられている。
「おまたせ、ロキくん。ソレじゃいこっか!」
 闇野に見送られて、ふたりは並んで探偵社の門を出る。
「…ふーん、ちゃんとしてればまゆらもいいんじゃないのー…」
「へへ、そっかなぁ〜。ロキくんもその服似合ってるよ。闇野さんのコーディネイト?」
「まぁね、パーティには真っ白い服が似合うだとかって…ヤミノくんお手製。」
「へぇ〜、闇野さんの……。」
 まゆらは感心したようにロキの格好を見、そして微笑んだ。
「なんか今日の私とロキくん、お揃いみたいだねぇ〜!」
「色がいっしょなだけじゃお揃いって言わないんじゃないの、まゆら?」
「そっかなぁ…まぁいいじゃない、お揃いってコトで、ね?」
「……はいはい……」
 ロキは呆れたようにこう答えたが、決して嫌なわけではなかった。






一見普通の学校だが、この中のどこにダンスが出来るくらいのホールがあるのだろう。
まゆらの案内で校舎内にあるホールの前の辿り着いたロキは、廊下のある古めかしい大きな柱時計の横に立つ。
まゆらは誰かを捜しているのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
「おかしいなぁ…パパにはここで待っててって言ったのに…。」
「あれ、まゆらパパ来るの?」
「うん。昨日はあんなに嫌がってたのに、私がロキくんと一緒に行くって言ったら急に『わしも行く!』とか言い出して…。」
「ふーん…」
 ロキは楽しそうに笑った。
(まゆらパパも大変だねぇ〜)
「私、ちょっと別の場所も捜してくるね。ロキくんはここで待ってて。
 パーティの始まる7時半までには帰ってくるから!」
「はいはーい…。」
 ひらひらと手を振って、ロキはまゆらの後姿を見送った。
(さーってと…ボクは可愛い女の子でも捜そーかなぁ…)
 思わずこんなコトを考えてしまうくらいに、ホールの前の廊下には生徒やその保護者らしい人でいっぱいだった。皆、慌しくロキの前を通り過ぎていく。  
そんな中、ひとりの女性が彼の目の前で立ち止まった。
ロキはその姿を見、はっと目を見開く。
「…ヴェルダンディー…!?」
 腰まで届くくらいの長い黒髪、膝上のタイトスカートにネクタイ。
それは紛れも無い、運命の女神ノルン三姉妹の次女、ヴェルダンディー本人であった。
「お久しぶりです、ロキ様…」
 彼女は恭しく頭を下げる。
ロキは、また何か良くない事が起こったのでは、とヴェルダンディーを睨んだ。
「…なんでこんなところに……。」
「まあまあ、ココではなんですので……」
 そう言うと、彼女はロキを人気のない裏庭の方へ連れて行ったのであった。



◇




 人っ子一人居ない裏庭。そこへロキを案内したヴェルダンディーは、おもむろに口を開いた。
「…ロキ様、ダンスお上手でしたよね…?」
「なんだよ、唐突に…」
 あまりにも不躾な質問に、ロキは怪訝そうな顔をした。
ヴェルダンディーはさらりと答える。
「実はですね、ロキ様の大人なお姿をスクルドがどうしても見たいと言って…」
「…はぁ、それで…?」
「ソレはだめ、と言ったら駄々をこね始めまして…写真でもいい、なんて言い出して…」
「だからなんなのさ……」
「……ですから……」
 ヴェルダンディーはロキの手を握り、目を閉じた。
その途端、ロキの姿が神界で暮らしていた頃の姿に変わった。
あまりの急な出来事に、ロキは驚いたように叫ぶ。
「…んなっ…何のつもりだ…!?」
「ですから、今日のよき日にスクルドへの写真を撮って帰ろうと思いまして。」
「…ふぅん、そんなコトのためだけに、するような行動じゃナイよねぇ…?」
 ロキは訝しげに彼女を睨む。
邪神ロキの鋭い眼差しに負けず、彼女は小さく笑みを浮かべ、言った。
「これは必然、ロキ様が今日此処へ来られたのもすなわち……」
「…どういうことだ…」
 真剣な表情になったロキとは対照的に、ヴェルダンディーの顔はぴかっと明るくなる。
「つまり、今日はお楽しみくださいというコトなのですよv」
「はぁ〜…??」
 相変わらず、ノルンの言うことはワケが解らない。
「あ、その魔法は今夜8時までしか効力はありませんので、お気をつけください。」
「え……?」
「大丈夫です、服装も身体のサイズに合わせて戻りますから。」
「そういえば、この服大きくなってる…」
「魔法の効力ですよ。…あらロキ様リボンが曲がって…はい、これでいいですね。」
 ヴェルダンディーはロキの胸のリボンを結びなおすと一礼し、いそいそと帰っていってしまった
「あれ…写真撮るんじゃなかったのかな。勝手だよな、まったく…」
 畳み掛けるように一気に言い立てられ、ロキはすっかり彼女のペースにはまっていたなぁと思う。
ふぅ、とため息をついたそのとき、ホールの方からワルツの音楽が流れてきた。
「……しまった、まゆらっ!」
 ロキは慌ててホールへ走った。



◇




 ホールの前。大きな柱時計の横に彼女はいた。
「もう、ロキくんってばどこ行っちゃったのかなぁ?パパも見つからないし…」
 ひとりごちているところに、ようやくロキは到着した。
しかしその姿は、まゆらの知っているロキではない。
「…あのー……」
 ロキはおずおずと話しかける。
(まゆら、怒ってるかな…)
「…えっ、あ、はいっ、何ですか??」
 まゆらの方は、いきなり格好のいい男性に話しかけられたので、戸惑いを隠せない様子だ。
「えっと……。」
 俯き加減になり、口ごもるロキ。話しかけたのはいいが、この姿では……。
「……?」
「…その…ボクと踊っていただけませんか?」
(コレは失敗だったかな…まゆら踊れないって言ってたし…。)
 ちらっと彼女の方を見やると、案の定困った顔をしている。
どうしよう…という感じだ。
「あ…ダメならいいんだケド…」
「…いえっ、喜んで!」
 予想外の答えだった。そしてまゆらは付け足して言った。
「あの、でも私、すごく下手なんです。…ソレでも…」
 その言葉に、ロキは笑顔で答える。とびきりの笑顔で。
「構わないよ。よければダンス、教えてあげようか?」
「……はいっ!」



 ふたりで腕を組み、ダンスホールの中へ入る。
ロキとまゆらのカップルは、人々の視線を釘付けにした。

 確かにまゆらのダンスはお世辞にも上手いとは言えなかった。しかし踊り続けていれば、それもだんだんと形を成してくる。
ロキはまゆらに言った。
「上手い、上手い。キミ、上達早いじゃない。」
「そうですか?嬉しい!」
 まゆらは真っ赤になり、俯く。ロキはくすっと笑った。
ターンをする度に、まゆらの髪のリボンがさらりと揺れる。
ゆるやかに流れてゆくメロディー。泡いライトの下のふたり。
(このまま時間が止まってしまえばいいのに……)
 こんな思惑がロキの頭にちらりと過ぎったそのとき、はっと彼の心臓がは高鳴った。
(時間……今何時だ…??)
 ドクン、と一層強くなる心音。息が詰まる。なんだか身体の様子がおかしい………
額から、たらりと冷たい汗が流れた。
(やばいッ……)
 ロキの苦しそうな表情に気がついたまゆらは、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「どうかしたんですか?…なんか顔色が……」
「い、いや…あの……」
 早く彼女の前から離れないと…戻ってしまう………子供に。
(まゆら、ごめん……っ)
 ロキはまゆらの手を振り解くと、出口へ向かって駆け出した。
「……あ、待ってっ…!」
 背中でまゆらの叫び声が聞こえた。
しかし、ロキは振り返ることが出来なかった。



◇




「……待って!」
 まゆらは走り去る青年を急いで追った。ホールの扉に吸い込まれるように見えなくなった彼。
人ごみをかきわけ、彼女も続いて扉を出る。
しかし、その姿はどこにもなかった。
あの眩いほどの金の髪に、それが映える純白のスーツ。
どこか別の世界から現れたかのようなあの姿を、忘れることは容易でないだろう。
まだはっきりとしない頭に、ゴーンゴーンと鐘が鳴り響いた。
「…8時……」
 まゆらは小さく呟く。それは柱時計が時間を告げる音だったのだ。
ふと足元を見やると、白いリボンが落ちている。
ずっと近い位置から見ていた、見覚えのあるリボン…。
「コレって、あの人がつけてた……。」
 そっと屈んでそれを拾うと、まゆらはふっと微笑んだ。
(…名前、聞いとけばよかったな…)



◇




「なにしてんのまゆら、こんなトコで。」
 間一髪のところで元に戻ったロキは、白々しくしく尋ねた。
さも、今たまたまここを通りがかったかの如くに。
「もぉ〜、ロキくんこそドコに行ってたのォ〜?」
 ソレを言われると、ちょっと辛い。
「…いや、ちょっとね…。」
「ふぅーん…あれ、胸のリボンはどうしたの?なくなってるじゃない。」
「えーっと…その…ねぇ…」
(…まゆらが持ってるヤツ、とは言えない…)
 まゆらはそんなロキの様子を見ながら暫く何か考えていたが、
「しょうがないわねぇ…代わりにコレをつけてあげる。」
と言うと、自分の髪にくくっていた大きなリボンを外し、ロキに巻いた。
「……え?」
「うーん、ちょっと大きいかなぁ??でも似合ってるよ。」
 まゆらの屈託のない笑顔に、赤面して顔をそむけるロキ。
「…いいんだケド…そっちのリボンはどうしたの?」
「ああ、コレね…落し物。不思議な人の。」
 まゆらはじっと、リボンを見つめて呟いた。
「……ふーん……」
 ロキの心中は複雑だった。

そんな彼の思いを解くかのように、まゆらは明るい声をかける。
「ロキくん、そろそろ帰ろっか!」
「え、まゆら片付けとかあるんじゃ……。」
「いーのいーの、いこっ!」
 まゆらに押され、ロキは外に出た。




「わー星がいっぱーい!ね、ロキくん、私とダンス、踊ろっか?」
 ご機嫌なまゆらに、ちょっと意地悪を言ってみるロキ。
「あれぇ、まゆら、踊れないんじゃなかったの?」
「さっきまではね、だけど教えてもらったの。今日逢った不思議な人に!」
 まゆらは楽しげにスキップをしている。ロキはその後を歩いてついていく。
ふと、ロキの前を行く彼女の足が止まった。
「……あのね、ちょっとだけね…」
「…ん…?」
 まゆらはターンをして、ロキの方に向き直った。
「……なんだか、ロキくんに似てたよ……。」
 まゆらはにっこりと笑うと、踊ろ!とロキの手をとり、くるくると回る。
振り回されている形のロキは嫌そうな顔をしつつも、その心は穏やかだった。
(……まぁ、こんなのもいいんじゃないの?)





 星空の下で踊るふたり。


その背中にはまるで、羽根がはえたかのような……。





『今宵のダンスパーティはいかがでしたか、ロキ様?』






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