昔を 思い出してたの。




Violet moon



大きな椅子の上で転寝をしているこの家の主、ロキと、彼を起こさないように紅茶のカップをそっと口に運ぶ大堂寺まゆら。 そしてそんな彼女に寄り添うように隣に座り、テーブルの上に並べてある大量のケーキをつぎつぎにほおばっているスピカ。


昼下がりの のどかな時間。
こんな他愛のないときが、ただ 愛しく思えて。
手にしていたカップをテーブルに置き、まゆらは目を細めた。


 「………どうしたの?」


遠くを見ていたまゆらに気づいたスピカは、ケーキを持ったまま小首を傾げている。
もしかして、まゆらも食べたいの?とケーキを差し出す彼女を見て、まゆらはふふっと笑った。
 「ううん、違うの。何でもないよ。」

するとスピカは 何も言わずに ぽんぽん、とまゆらの頭をなでる。



優しい彼女の手、彼女のまなざし。

ソレは 見ていると、不意に。

胸の奥が、かすかに軋んだ。



どうしてなのかは 解らないのに――――――。









 「今日のお土産は何にしようかな〜♪」

放課後、まゆらは繁華街に来ていた。
和洋、どちらのものも扱っているお菓子屋さん。
近所でも味がいいと、なかなか評判のいい店である。
そのカウンターで、まゆらはガラスケース越しに見えるとりどりのケーキに見入っていた。

 「う〜ん…昨日がケーキだったから、今日は和菓子がいいかな?」
でも、和菓子はちょっと高いのよね。
自分の財布の中身を考えると、少し心許無い。
まゆらはその場に屈みこんで、奥の方の羊羹や最中に目を向ける。
種類は少なくても、バリエーションは様々で。

探偵社で待つ少女は、この沢山のお菓子のどのくらいを食べたコトがあるのだろうか。

ガラスケースに触れると、ひんやりとした感覚が細い指に伝わった。

 「…うん、決めた。」


 「ありがとうございました〜。」
爽やかな店員の声に見送られる。
夕方といえども じりじりと照りつける太陽に、まゆらは立ち止まり、空を見上げて手をかざした。
 「……喜んで、くれるかな……?」
彼女の腕の中、大切そうに抱えられた小さな箱。




それは、例えるなら――――――









 「こんにちわぁ〜!」

まゆらは勢いよく燕雀探偵社の扉を開けた。
その先に見えたのは、いつもと変わらぬ 少年の怪訝そうな顔。
 「まゆらは今日もウルサイね…。」
 「…元気だねって言ってよぅ!あれ、スピカちゃんは?」
まゆらの問いに、ロキは顔色ひとつ変えずに答える。
 「スピカならキッチンだよ。何か急ぎの用でもあるの?」
 「急ぎってゆーか…ほらっ、スピカちゃんにお土産なの!」
そう言うと、まゆらは持ってきた小さな箱をそっとロキに見せる。
その包装紙を見て、ロキは少し眉を顰めた。
 「……もっと、おいしそうなモノがよかったんじゃない?」
 「やっぱそうかな……。」
彼の一言には、確かに賛同出来る。
まゆらの顔が曇った。
 「…いらっしゃい、まゆら。」
そのとき 台所からお茶のトレイを持ったスピカが出てきた。
いつもと変わらない、彼女の微笑みに。
ぽん、と背中を押された、気がした。

 「あのねっ…スピカちゃん、コレ………。」
まゆらは俯いたまま、小さなプレゼントをスピカに向かって差し出す。
ことん、という軽い音と共に、それはスピカの手の中に納まった。
 「えと、ソレ、お土産なんだケド……いつもみたくお菓子じゃなくてね……
 …あのね、スピカちゃんに似合いそうだなって思って…… …でも、気に入らなかったら……。」
言い訳のような言葉と一緒に、じんわりと熱いものが瞳に沸き上がってくる感覚が自分でも解る。
やっぱり、余計なモノだったかな………。
ちらり、と不安が心を過ぎった。



べそをかくまゆらの髪に、不意に優しいものが触れた。
そっと顔を上げてみると、そこには ほんのりと頬を染めたスピカがいる。
彼女の頭には いつものリボンの代わりに 先ほどの箱の中身である、真新しい桃色のリボンが飾られていて。そしてまゆらの髪では、彼女の大きな純白のリボンが揺れていた。
まゆらはそっと自分の頭に手を置く。
 「……スピカちゃん、コレ……。」
 「…まゆらに。私からも あげる…。」

うれしかったの。―――スピカの口から漏れた言葉を聴いて。
この日初めて、まゆらは大きく破顔した。





永遠という言葉が見つからないとしても。


せめて。


この時間を繋ぎとめる術になれば、と。


ここに出会った証になれば、と。


心のどこかで 思っていたのかもしれない。





それは例えるなら 大好きだった絵本のように。






 ――――『ありがとう。』――――





多田野狸さまのリクで、まゆスピまゆ文でしたー。
どうもありがとうございました!

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