したいコトも欲しいモノもなかったけれど。




あいをうたう




「私、たくさんのことを教えてもらった……あ、ありがとう……」
 夕暮れの教室、ぽつりと信子は言った。ぎこちなく唇の端が上がっているのは、必死に笑顔を作ろうとしている証拠だ。
先ほどまで自分と漫才まがいの会話をしていたというのに、どうして急にこんな話になったのかは解らない。でも、ずっとずっと彼女は言いたかったのだと思う。小さな右手はぎゅうっと握りしめられている。
残念ながらこの場には有能プロデューサーの姿はなく、今の信子の言葉を聞くことができたのは自分だけ。そう考えると、照れくさかったがなんだか嬉しかった。
照れ隠しにおちゃらけてみようかとも思ったけれど、ここはぐっと押さえて。
「……俺もね、野ブタにはたくさんのモノをもらってんのよ〜。」
 垂らした前髪の間から、大きな黒い瞳がこちらを見ている。
意味が解らずきょとん、という感じだ。
「俺さ、青春って考えても何のことだか解らなかったわけ。んでね、別にしたいコトもなかったし、欲しいモノもなかったわけ。でもさ、野ブタに会って解ったのね。」

冴えない少女のプロデュース。
そんな中知った、少女の輝き。
彼女のことが大事だと感じる、自分の心。


「俺に必要なモノは、ぜ〜んぶ野ブタが持ってた!ってコトはつまり、俺には野ブタが必要なのよ〜。」
 にゃははは、と笑ってしまったのはやっぱり恥ずかしかった印で。
こほん、とわざとらしくせきをして仕切り直し、信子の方を見る。
その表情が解らないのは彼女が俯いてしまったせいか、それとも窓から差し込む西日がまぶしいせいか。
何も返答してくれないのが不安で、躊躇いながらも手を伸ばし、そっと、彼女の肩に触れた。
途端、ぴくりと緊張が伝わって、思わず手を引っ込める。
「ご、ごめんっちゃ……」
「あ、謝らなくても、いいよ……」


 そろーっと彼女の様子を伺うと、その頬は、夕焼けと同じ色に染まっていた。





彰→信子風味。不器用な恋はいい。

作品ページへ