引き金は ほんの一言。
透明の言葉
燕雀探偵社。そこは迷える者達がおのおのの悩みを解決してもらうために、探偵に事件を依頼する所 のはずなのだが、最近は どうもそれだけではないようで。
「…だからね、ロキくん、私、その子に言っちゃったの……。」
「ふーん……。」
「『うなぎよりも、さんまの方が蒲焼向きだよ』って!…ね、ロキくんはどう思う?」
居間。長机を隔てて、ロキとまゆらはお茶を飲んでいた。
そして、他愛の無い世間話。
たいていまゆらの方が話題の提供者であり、ロキは彼女のいうコトに相づちをつくばかりで きちんと聞いているのかどうかさえ怪しい。
「……やっぱり、ここは相手を尊重した方がよかったかなぁ…どうしよう、ロキくん?」
まゆらは、なおも 聞いているのかいないのか解らないロキに尋ねる。
ロキは手にしていたカップをそっとテーブルに置き、はーっと溜息をついた。
「…あのさあ、まゆらはボクにあんまりにも依存しすぎだと思うよ。」
「え?」
「ナルカミくんもだケド、何かあるとすぐボクのところに来て助けを求めるし。こんなんじゃ、ボクの体がもたないよ……。」
ここまで口にして、ロキははっとした。
いくらなんでも言い過ぎた、と。
たとえ、相手が天真爛漫なまゆらだったからって………。
ロキは取り繕うように 何も言わない彼女に呼びかけた。
「……あ、あの……まゆら………」
「…そうよね、そうかも知れない。ごめんなさい、ロキくん…。」
ロキが次の言葉を発する前に、まゆらは笑顔を作ってロキに返す。
「迷惑だったよね。気づかないなんてダメだな、私ったら……。ソレじゃ、今日は帰るね!」
妙に元気な声でまゆらは言うと、「お茶、ごちそうさまでした!」と頭を下げて、扉の向こうへ消えていった。
残されたロキは、じっと 唇をかむ。
―――最後に彼女が作った笑顔、アレは絶対 無理してた……―――
◇
確信のなかった思惑も、時間が教えてくれる。
まゆらが来なくなって、もう2週間。
以前までなら、毎日のようにやって来ていたのに。
現在の居間には、ロキと闇野の姿しかなかった。
ふぅ。
溜息と共に、ロキはテーブルに頬杖をつく。
静かな空間。
そこで目を閉じると、まゆらの楽しげな笑い声が聞こえてくるような……。
「……この部屋、こんなに広かったっけ……?」
自分にとってはほんのささいな一言だったのに。
それだけで、自分と彼女を繋ぐ糸が ぷっつりと切れてしまったような気がして。
考えないといけないのに。
キミを繋ぎとめる、言葉を。
でも、
―――まとまらないんだ、頭が。
もう一度、ロキは瞼を閉じた。
風の音が耳に届く。
それなのに。
キミの 悲しげにゆれる瞳が、
頭から 離れない。
「おや、ロキさま。あそこを歩いているのはまゆらさんではないですか?」
部屋の窓拭きをしていた闇野は、傍らでぼーっとしていた父親に声をかける。
彼が発した名前を聞くなり、ロキはがばっと窓に飛びついた。
探偵社に面した道をとぼとぼと歩いているのは、紛れも無い彼女。
姿を捉えるなり、ロキはまゆらに向かって力いっぱい叫んだ。
「まゆらっ!!」
呼び止められたまゆらは、ふわっと静かに振り向いた。
そして二階の窓にから覗くロキの顔を見た途端、驚いたように目を見開いて。
きょとんとした表情の彼女に、ロキは上から身を乗り出して なおも叫んだ。
「…どうしてっ…寄っていかないのさっ……。」
ロキの問いに、
だって……とまゆらの口がぎこちなく動くのがわかる。
勝手なのは 解ってる。
でももう、考えている暇は ないんだ………。
「まゆらが来なくなったら、誰がボクの話し相手になってくれると思う?」
ボクは、キミにひどいコトを言った。
「まゆら以外に、誰がボクの助手をしてくれるの?」
キミに、甘えてたんだ。
「まゆら以外に―――……」
でも、ソレは。
「……まゆらがいないと……寂しいじゃないかっ………。」
相手が キミだったから言えたコトだったんだ。
「………ごめん…。」
ロキは俯き、呟いた。
ソレは届かないくらい、小さな声だったけど。
でも、ありったけの気持ちを込めて。
「……ロキくん…?」
まゆらは それきり黙ってしまったロキの顔を、心配そうに見上げている。
ロキはそんな彼女を真っ直ぐ見、そして そっと微笑んだ。
甘えてばかりじゃダメで。
大切なら、なおのこと―――。
「…ワガママだって解ってるケド、また、まゆらの話を聞かせてくれるかい?」
「……うん!」
ふんわりと、まゆらは笑った。
ソレは、ロキの胸に刺さった棘を、ゆっくりと溶かしていって―――。
さわさわと、木の葉が応えるように揺れる。
「今、そっちに行くね!」
ぶんぶんと手を振ると、まゆらは探偵社の門をくぐる。
そしてもうすぐ、その扉を開けて。
大切なものは、ボクのすぐトナリに―――。
星光月影さまのリクエストで、ロキまゆ小説です。
どうもありがとうございました!
