キミはボクの、宝物だから。
The treasure of mine
「大体、ボケっとしてるから人とぶつかったりすんだよっ!」
「へぇぇ〜〜ボケっとしてて悪うございましたねっ!!」
和久寺家の一室、御当主の広い広い仕事部屋で繰り広げられるは男女の口喧嘩。
世間で言う、痴話ゲンカというものだ。
・・・当人達に言ったら、声をそろえて否定されそうだが。
「もーいいっ!知らないっ風茉くんなんて知らないもんっ」
「俺は咲十子のコトを心配して言ってやってるんだぞ!?」
「わざわざ言っていただかなくてもケッコーですっ!!」
ばったんっ!!
大きな音を立てて、少女――咲十子は部屋を出て行った。
入れ違いに入ってきた青年――鋼は何事かと目を丸くしている。
なんでもない、と思わないほうがおかしいだろう。
目前の主人は明らかに気分を害しておられるし。
主人の婚約者である少女は涙目で走り去っていったし。
「どうかされましたか?風茉さま・・・」
おそるおそる尋ねると、
「俺はっ・・・咲十子が心配なんだよっ!!!」
・・・こう。叫び返された。
「・・・つまり、街にお出かけになられた咲十子さまは、道で一人の男性とぶつかってしまった、と。」
「・・・ああ。」
「そして、その後危なっかしい咲十子さまになにかあるといけないからと、その青年はわざわざ屋敷まで送ってくださった、と。」
「そうだ。」
「はぁ〜・・・今時にしては気持ちのいい若者ですねぇ〜〜」
ため息と共に鋼が感心していると、突然風茉は勢いよく机を叩いた。
「・・・だからっ・・・腹立つんだよっ!!」
彼はそのまま大きな椅子に座り、不機嫌そうにぐるんと窓の方を向いたのだった。
◇◆◇
たんたんっと少し乱暴な足音が廊下に響く。
「もうっ風茉くんってば怒りっぽすぎ!!」
ぴた、足を止める。
「・・・そりゃあ、私もちょっとはボーっとしてたかもしれないケド・・・。」
私が普段から人ごみでぶつかるのはよくあるコトだって、風茉君は知ってるはずなのに。
実際、現場に居合わせたときだって、あったのに。
その時は、「まったく咲十子はしょーがないな。」なんて笑ってたのに。
優しい瞳で、笑ってたのに。
さっきの状況を思い出すと、じんわりと涙が滲んだ。
「咲十子さまっ!」
後ろからかけられた声に咲十子は振り向いた。
鋼だった。
急いできたのか、いささか息が荒い。
そういえば風茉くんの部屋の扉を開いたとき、すれ違ったなぁ・・・などとぼんやり考えていると、
息を整えた鋼は言った。
「咲十子さま、風茉さまのお部屋に行ってあげてください。」
「・・・え??」
「だって・・・だって、私、今風茉くんと喧嘩・・・」
直後に入ってきた鋼だって知ってるはずだ。
それなのに、こんなことを言うなんて。
どうすればよいか分からないで俯いていると、鋼はにっこり笑った。
「大丈夫です。もっと話し合えば風茉さまの真意がお分かりになると思います。」
風茉くんの、真意??
はぁ。
風茉は幾度目かのため息をついた。
・・・前に咲十子が言ってたな、ため息の数だけ幸せは逃げちゃうんだよって。
「・・・幸せなんて、とっくに逃げた。」
風茉はじっと自分の手のひらを見た。
小さな手。
咲十子よりも子供の手。
はぁ、ため息をもうひとつ。
「・・・咲十子は、俺が守るって、決めたのに・・・」
たとえ無理だと言われても。
たとえ無茶だと分っていても。
突然、風茉は後ろから抱きすくめられた。
「・・・っわっ・・・なんだ!?」
誰か来たのだろうか。
「ありがと・・・風茉くん・・・。」
ふんわりと自分を包んだ甘い香り。
優しい声。
「さ、咲十子ぉ!??」
風茉が独り言を言っていた最中、そうっと彼の仕事部屋に入った咲十子。
彼女は、少年の小さな呟きを聞き逃さなかった。
「風茉くんが怒ってたのって、つまりは・・・」
・・・やきもち??
「わ、悪いか!?」
ぷいっとそっぽを向く風茉。咲十子はくすっと笑った。
「ううん、嬉しい!」
けろっと言ってのけた彼女。
彼女の腕の中、その幸せそうな顔を見た風茉は、不意に目頭が熱くなるのを感じた。
バツが悪い。
自分はいま、一番情けない顔をしてるのだろうな、と 思うと。