『冬の朝、光の中には天使が住んでる』


そういえば昔、そんな感じの物語を聞いたような。
でもソレは、澄んだ空気に光が透けて見えたから昔の人がこう考えただけであって。
ボクにとってはなんのコトもない、ただのお伽話。




winter dream



「朝ですよ。」という声が、遠くで聞こえて。
カーテンから、透けて見える光が眩しい。


 「おはようございます。いい朝ですねぇ、ロキ様。」
いつものように寝室のカーテンを開け、窓を開いている黒髪の青年。
 「……もう朝なんだ……。おはよう、ヤミノくん。」
ボクはそこから少し離れた場所で重いまぶたをこすりつつ、隣においてあった服に手を伸ばす。

頭が重い。まだ完全に目覚めていないのかもしれない。
のろのろとシャツに袖を通してボタンをかけていくボクに、黒髪の青年はすまなげに振り向いた。
 「すみませんロキ様、実はまだ、朝食のパンが焼けてないんですよ。」
 「構わないよ。じゃあ出来上がるまで庭でも散歩してこようかな。」
本当に申し訳ありません、とふかぶか頭を下げる彼に、ボクはにっこりと笑いかける。

寝ぼけた頭を覚ますにはちょうどよい。
ボクは上着を羽織り、ドアに手をかけた。


しかし、ノブを回す前にその扉は開かれる。


 「こんにちわぁ〜…わっ!?」
 「うわあぁああ〜!!?」

ドアが開くと同時に聞こえてきた能天気な声は悲鳴へと変わり、ソレにつられてボクも声を上げてしまった。
あともう少しでぶつかるところ。
何事かと思いつつ、相手をにらむようにがばっと顔を上げる。
 「いきなりなんなんだよ、まゆらっ!」
思わず後ずさりをしてしまったボクは、対方向からやってきた人物に向かって叫んだ。
彼女―――大堂寺まゆらは探偵としているボクのいわゆる押しかけ助手というやつで、ほぼ日常的にやってくる。
しかし、こんなに朝早く来ることがあろうとは。
まゆらは胸を押さえつつ、困ったように目を伏せた。

 「ご、ごめんねロキくん…もしかして出かけるトコだった??」 
 「あのねぇ、こんな時間からどこ行くってゆーのさ。単なる散歩だよ。」
そういうと、ボクは肩をすくめて見せる。
すると彼女は「よかった〜」と言わんばかりの笑みを、顔中に浮かべた。
 「まったく…まゆらのおかげですっかり目覚めちゃったよ。」
 「ごめんごめん〜。ね、お散歩私も付き合っていい??」


断る理由なんかない。
ボクはこくりと頷くと、まゆらは後ろから にこにこしながらついてくる。


なにがそんなに嬉しいんだろう?


まだはっきりとしない頭で、ボクはぼんやりと思った。



玄関のドアを開けると、朝日が飛び込んできた。
その光が眩しくて、ボクは手をかざし、目を細める。

 「わ、きれーだね〜!」
少し遅れてやってきたまゆらは、ぱたぱたと駆けて空に向かって腕を広げた。
いくらコートを着ているとはいっても、冬の朝は肌寒い。
よく平気でいられるな、と思いつつ、ボクははしゃいでいる彼女を眺めた。

そういえば、今日は制服じゃないんだ……。
目の前でくるくると動く彼女の格好を見、改めて思う。
白いコートにチェックのプリーツスカート。
ひざ上までしか丈がなく、そこからは黒いハイソックスを履いた細い足が伸びていた。
微妙に制服のようなデザインなのはこの際置いておくとして。


 「…そういえば今日は日曜かぁ。
 …大方、今日こそは依頼人が来るかと思って、こんな朝早くからきたんだろ。」
呆れたように言うと、まゆらはくるりとボクの方を向いた。
 「ぶっぶー、違いますぅ!…まぁ、ソレも当たってなくもないんだケド。」
 「じゃあ何で?」
 「…あのね、パパが一昨日から町内会の温泉旅行に行ってるの。
 独りで朝ごはん食べるのも淋しいでしょ?だから昨日闇野さんに、一緒にご飯食べてもいいですかーって頼んだんだぁ。」

そうか、だからヤミノくん、今朝はいつもより朝食を作るのに時間がかかってたんだな。

 「…それならなんで直接ボクに言わないのさ、びっくりするだろ?」
 「だって……ロキくんに言ったら、反対されるかなって思ったんだもん。」
 「そんなワケないじゃん…。」
 「だって〜!いつも鳴神くんに『朝食くらいは静かに食べたいんだケドなぁ。』って言ってるじゃない!」
 「ソレは、彼が毎日のようにウチに朝食を集りに来るからであって……」

いつも来ては、迷惑なくらい突っ走ったコトをしでかすくせに、ヘンなところは気にしていたらしい。
ボクははぁーっとため息をついた。
 「とにかく、まゆらは別ってコト。いつ来てもいいに決まってるでしょ。」
ボクの言葉に、きょとんとしているまゆら。
 「ロキくんがそんなコト言ってくれるなんて、珍しいね……。」
 「なっ…ソレってどーゆーコト??」
 「やっぱりロキくんは優しいねってコトだよ〜♪」

そう言うと、まゆらは嬉しそうに笑った。
彼女の後ろで、朝日が輝いている。
その光に透けるように、彼女の髪は さらさら揺れた。


一瞬、その背中に見えたものは。





『冬の朝、光の中には天使が住んでる』





不意に 今朝の夢が思い出されて。

ボクは左右に首を振った。


 「あんなの、光の加減で羽根みたいに見えただけだよな…。」
お伽話を真に受けるなんてバカみたいだ。
その上、よりによってまゆらが天使だなんて……。


 「どーしたの、ロキくん?」
 「っ……!?」
気がつくとまゆらはボクの目の前で、不思議そうに顔を覗き込んでいた。
吐息のかかりそうなその距離に、ボクは思いっきり後ろへ退く。

 「ロキくん、顔赤い……」
 「気のせいだよ!あ、そろそろパンも焼けた頃だし中に入る入るっ!
 ヤミノく〜ん!!」

あわててまゆらの背を押し、ボクはドアをくぐった。



もう彼女をまともに直視できない。

まるで、何かの暗示にかかったかのように。





―――いたずら天使が  魔法をかけた??―――







奈緒さまのリクエスト、ロキまゆ小説でした〜
どうもありがとうございました!

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