「スピカ、ヤミノくんにお茶頼んできて。」
ある日の彼は、難しそうな本を読みながら、眉間にしわをよせて私にこう言った。
「・・・スピカ、また食べてるの?」
またある日の彼は、こう言って、少し困った顔をした。
世界一、幸福になれる瞬間。
ティータイムをご一緒に
夕方、急に降り出した雨に 木々が悲鳴をあげている。
そんな中、窓に打ちつける雨の音もかき消されそうな大きな音が 屋敷に響いた。
水浸しの床。
その上に、無残にも散らばった洗濯物の山。
足元には バケツが転がっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
スピカは転んでぶつけた額をそっとなでる。
はあ、やっちゃった・・・・・・。
今の彼女の心中は、こんなカンジだろう。
ココへ来て、幾度目かの失敗。
「スピカ!こんなところに居たのか。」
背後から聞こえてきたロキの声に、スピカは思わず身体をこわばらせる。
彼に、この大惨事を見られたくなかった。
慌てて隠そうと試みるが、時 既に遅し。
ロキは状況を目の当たりにして少し顔を顰めたが、すぐに微笑みをつくる。
「あー・・・またやっちゃったんだー・・・。
まあいっか、そこは後でヤミノくんとキミに片付けてもらうとして・・・・・・・・・」
『お茶にしようか。』
彼に、こんな風に誘われたコトなんて、あの頃は一度もなかった。
「じゃあスピカは廊下の掃除中に雨の降り出す音を聞いて、慌てて干しっぱなしだった洗濯物を取り込みに行ったところ、置いていた水入りバケツにつまづいちゃったんだね。」
ロキの言葉に、スピカはこっくりと頷く。
そして、手に取ったミルクティーのカップを そっと口に運んだ。
不意に、涙が出てくる。
あまりに 情けなくて。
私はいつも迷惑をかけてばっかり。
こんなつもりではなくて、役に立ちたいのに。
・・・・・・・・・・ただ、あなたの傍に居たいだけなのに。
「あー・・・でもさ、きっとそのうち家事も上手く出来るようになるよ、うん!」
スピカの涙を見たせいか、少々戸惑った声でロキはフォローを入れた。
優しい彼の一言に、スピカは安堵の溜息をつく。
うん、がんばる!
そんな気持ちを込めて、にっこり笑んだ。
雨は、優しく窓ガラスを叩く。
天気予報で夜には晴れると言っていたから、明日は今日の分もお洗濯しなきゃ。
「・・・なんか、こっちにいる方がずっと夫婦らしいね、スピカ。」
スピカがひとり固く決心し クッキーの最後の一枚に手を伸ばしたとき、ロキがくすっと笑った。
『スピカ』
彼がここで、私に付けてくれた名前。
そういえばあの頃、名前で呼び合ったことがあったっけ??
「・・・・・・じゃあ、私は何て 呼べばいい・・・?」
小さく呟き ロキを見ると、彼は自分のカップに紅茶を注いでいるところだった。
「んーボクを?・・・なんでもイイよ。スピカの好きなように呼んでくれれば。」
そう言って、スピカが取り損ねた最後のクッキーを口に入れてしまう。
ここは暖かくて、くすぐったくなる場所。
しあわせで しあわせで、しあわせすぎて少し切なくなる場所。
「・・・・・・『あなた』・・・・・・。」
「・・・ん?」
風が、濡れた木々の枝をさらさらと揺らしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雨、上がった。
「・・・ううん、呼んでみただけ・・・・・・。」
顔を上げ、不思議そうな表情をしている彼。
涙の溜まった瞳を隠すために、私はにこっと微笑んだ。
紫坤ミズキさまリク、ロキとスピカ、ほのぼの的夫婦愛☆でございました〜
どうもありがとうございました!
