「好きだよ。」
でも、キミは知らない。


「好きだよ。」
あなたこそ、そんな解ったような目をしないで。




たりない温度




まゆらがロキのところに入り浸りになってから、数日が過ぎていた。
以前と変わらない日常。ただ違う所があるとすれば、同居人たちの姿と家の佇まいが少々変わった所か。(「少々」というのは語弊があるかもしれない…)
ソレはまた、自分も同じ。



でも、外見の違いは、関係ないよね………




ロキは今にも壊れそうな椅子に座り、天を仰いでいる。
天井に、大きなくもの巣が見えた。
「…掃除、しないとなー…」
「やっと重い腰を上げる気になったんだ。」
ぽつり、呟くと、傍らの少女が笑いながらそれに応じた。




ちゃぷん、とバケツの中の水が音を立てる。
「ボクだって、好きでここまで放置してたワケじゃないよ。」
「じゃあ何で?私が掃除しようよって言っても、全然耳も貸してくれなかったじゃない。」
「まだ大丈夫だと思ったんだよ。ソレに………」
冬の水仕事は出来れば避けたいというのが本音。しかし、この場合はいた仕方ないだろう。
ロキは雑巾を持ち、ふぅ、とため息をついた。
「ソレに……こんなコト、したことなかったしね。」
ふと、懐かしい時間が脳裏に蘇ったことまでは、口にはしないけれど。




ごしごし、と二人で部屋の拭き掃除を始める。
力を入れて擦ると壊れそうだ…不快な音をたてる壁をそっと押して、ロキは息をついた。
「ロキくん、さっきからため息ばっかり。」
窓を拭きながらくすくすと笑うまゆら。そんな彼女に、ロキも微笑みを返す。
ひとしきり笑った後、まゆらはロキの深朱の瞳をまっすぐに見つめた。
「好きだよ、ロキくん。」
「キミは……またソレかい?」
照れくさそうに、ロキは頭をかく。
まゆらからの告白は、これが初めてではなかった。
つい先日から、ことあるごとに「好き」という言葉をぶつけてくる彼女。
正直な気持ち、嫌ではない。彼女は、好意を素直に表しているだけなのだ。
『ボクもだよ。』と自分も素直に言うことが出来たら、どんなにいいか…。
意気地がないのか、変なプライドが邪魔をしているのか。
何も言葉を返せないまま手を動かしていると、
「好き、大好き……どうしたら信じてくれるの?」
「信じるとか信じないとかじゃなくて…あのねぇ…どうしてキミはそんなに……」
「……だって、今言っておかないと不安になるんだもの。」
「え…?」
「私の気持ちは変わらないって自信、あるよ。でも、いつまでも同じような時が続くとは限らないでしょう…?」



「何のこと?」なんて白々しいことは、聞けなかった。
自分が神であった時。彼女と過ごした日々。そして、別れの瞬間。
それはきっと、彼女の記憶には残っていないことだろう。でも、不安にさせた事実は消えない。
再び目の前から消えてしまうかもしれないと。本能で嗅ぎ取ったのだろうか。


「…また、キミを傷つけた?」
「?…『また』って…」
不思議な顔をしている彼女を、きゅ、と後ろからを抱く。
突然の背中のぬくもりに、彼女が耳まで真っ赤になったことが解った。


「す、き、だ、よ。」
耳元で囁くと、そっと口付けを落とす。



しばらくはそのままで。

そ知らぬ顔をしつつ、背後から彼女の瞳を覗き込む。

彼女は頬を真っ赤にしていて。

そして、照れくさそうに微笑んだ。






最終回後のおふたりのつもりで。

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