まるで 暗闇の中にいる様に
立ち止まったまま 動けないんだ
少年進化論
きっかけは、他愛のない日常の一場面。
はぐれ召喚獣たちとの戦闘時、誰もが自分の目の前の相手に必死だったとき。
少年――ウィルもまた、敵と相対していた。
相手はとてもすばしっこく、接近物理攻撃は効きそうにもない。
少しはなれたところから召喚術を使った方が利口だと考えた彼は、じりじりと間合いを取った。
もはや、目前の相手しか視界に入っていない。
これで終わりだ、と腕を振り上げた後ろで、不意に、黒い影が揺れたのが解った。
召喚術を放つために後ろへ下がったのが仇となったのか、ウィルの背後にはまた違う敵が忍び寄っていたのだ。
「…!!」
振り返る暇もなく、また振り返ったとしても身構える隙もない。
迫ってくる刃。思わず目を閉じた、そのとき。
ガキン、と鈍い音がした。
「……?」
そっと目を開けた、そこには。
「大丈夫ですか、ウィルくん……?」
さらりと揺れる紅い髪。
キン、と響く刃物の触れ合う音に、ウィルはこくりと頷いた。
それをみたアティはにっこりと微笑むと真剣な眼差しで相手を見据え、再び武器を振りかざした。
倒れてゆく敵の悲鳴を聞きながら。自分を助けてくれた彼女の、無数の傷を見ながら。
ウィルは、手の中のサモナイト石をぎゅ、と握り締めるしかなかった。
つきんと響く、胸の痛みをごまかすかのように。
強く 強く。
◇
「……カッコ悪い…。」
「どうしたのよ、いきなり?」
戦闘後、ウィルがポツリともらした一言に、傷の手当てをしてくれていたスカーレルはきょとんとして顔を上げる。
目に入ったのはぶすっとした少年の顔。
それだけでは、なにがなんだか解らない。
「何がカッコ悪いの?はっきり言いなさいよ。」
「……全てだよ。結局僕は、あの人に守られてる立場なんだなって…。」
「あの人って、アティセンセ?」
こくり、ウィルは頷く。
「あのオマヌケ船長にしたって、貴方にしたって、あの人の力になっていると言うのに…」
それきり黙ってしまった少年に、スカーレルはふふっと微笑んだ。
「…つまり、あなたもセンセを守りたいってコトなのね。」
「…………。」
可愛いじゃないの、スカーレルはぺちんとウィルのおでこをはじく。
「…違います。そんなんじゃ、ないですよ…。」
違わなくなんかない。本当は。
自分も盾になって、あの人を守りたかった。
『自分はあの人の足手まといなのではないだろうか。』
うすうす気付いていたことを、否定したくて。
でも 今日の出来事は、そのことを再確認させるには十分すぎた。
ウィルは力なく肩を落とす。
でも、ふぅ、とため息をついたのは少年の方ではなかった。
「バカね、あんたはあたし達以上にセンセを守ってるのよ?」
スカーレルは止めていた手を再び動かし始め、語りかけるように言った。
「…気休めはよしてください。」
「アラ、ホントよ。」
顔をしかめるウィルと、余裕綽々のスカーレル。
そこへ、テコを抱いたアティが現れた。
あまりにもウィルの傷の手当てが遅いので、様子を見に来たのであろう。
「大丈夫ですか?」と心配そうな顔で覗き込んでくる。
ウィルが一言、「平気です。」と告げると、彼女は安堵したように微笑んだ。
ほんわかと、何かを愛しむかのように。
「そんなにひどい怪我じゃなくてよかったです。ところで、一体二人で何を話してたの?」
「べ、別に何も…」
「いやね、ウィルが自分もセンセを守りたいなんてゆーから…」
「え…?」
「スカーレルさんっ…!」
ワケのわかっていないアティと、
おほほ、と口に手を添えて上品に笑うスカーレル。
ウィルは真っ赤になって声を荒げた。
バカにされている、と思った。
出来もしない理想論を並べていた自分を。
でも、次に彼が発した言葉は、予想もしないものだった。
「だから言ってやったのよ。あんたはセンセの笑顔を守ってるんだ、って。」
スカーレルはそう言って、ぱちんとウインクをしたのだ。
今度 頬を赤に染めたのは、アティの番。
未だ冷めない頬に加え、頭にまで熱の昇る心地がしていたウィルは、黙って俯くアティを見、慌てて叫んだ。
「ななっ、何を言ってるんですかっ…!」
「あら、あたし何か間違ったコトを言ったかしら?」
ね、センセ?
駄目押しとも思える、スカーレルの言葉。
見ると、先ほどまで俯いていた彼女はまっすぐ視線をこちらへ向けていて。
目が合った瞬間、大きく破顔した。
これこそ、紛れもない証拠なんじゃないの?
「…はは…。」
彼女の微笑みにつられるかのように、少年の顔にも笑みが浮かぶ。
そのまましばらく、彼らは笑いあった。
彼女の全てを守りたいと、今はそんな傲慢なことは望めない。
でも、もしもこの微笑みが本当なら。
『ね、答えはもう 見えたでしょ?』
ウィルア好き。スカーレルさんも好き。