「修二と彰は、ふたりでひとつだから」
野ブタの願いを叶えるため、俺は彼女の元を離れることを選んだ。
携帯電話やパソコンが普及している時代だが、彼女との連絡手段は専ら電話か手紙だ。
(ソレも、一方的に俺が)

 ある日、決して筆まめではない彼女から一通の封書が届いた。
シンプルな茶色の便せんには、丸っこい文字が並んでいる。
時候の挨拶から始まり、学校のことや友達のことなどの近況がつらつらと記されてあったそれ。一見何の変哲もない手紙だったが、俺は、彼女の書いた一文が気になってならなかった。

 それは、最後の行に書かれていた数文字。




それはとても単純なこと





 この地を踏みしめるのも久しぶりだった。自動ドアが開き、強風の吹き荒れる地上に足を下ろす。暴れる前髪を掻き上げてサングラスをはずすと、ぽかんと口を開けた生徒達の間抜け面が見えた。降りるところを間違ったのかもしれない。でも網五高校登校初日に降り立った場所と根本的には同じなはずなのに、都会の校庭は狭いんかなあとぼんやり思った。
 そんな中、正面を向いて目に入ったのは逢いたくて逢いたくてたまらなかった少女の姿であった。コレってディスティニーなのねん、と自分の運の良さを神様に感謝をしたいくらいである。緩む頬を抑えつつ右手を天高く上げて、コン、といつもの挨拶をする。大きく目を見開いたまま絶句していた彼女だったが、変わらぬ自分の姿を確認した瞬間、表情が軟らかくなったように見えた。
 ヘリの操縦士に礼を言って見送った後、改めて彼女と対面する。駆け寄ってくる彼女。不意に抱きしめてしまいたい衝動に駆られたが、そこはぐっと堪えて。
「久しぶりだっちゃ。」
「う、うん……あ、彰……」
 逢いたかった。そう言って笑う彼女の顔を見てしまい、涙の努力は水の泡。


 『今度逢った時、相談にのってほしいことがあります』
 それが、手紙の最後に添えられていた文章。


 ドアの前までは幾度となく訪問したが、信子の家に通されるのは初めてだ。今日は彼女が手料理を振る舞ってくれるそうで、彰はどきどきする胸を押さえながら玄関のドアをくぐった。信子の部屋はシンプルで落ち着いた雰囲気の内装であったが、所々にぬいぐるみが飾られているのが女の子らしいなとこっそり思う。机上にいつかのブタの置物もちょこんと鎮座している。それは紛れもない、自分たちの友情の証。
 あまりきょろきょろするのは不躾だと思いつつも、仮にも惚れた相手の部屋であるのだから興味をそそられるのは仕方がないというか。しかし、落ち着いている様子を演じるための努力だけは試みることにする。手始めに深呼吸をしてみたら、隣にいた信子に不思議な顔をされてしまったが。
 ふと片づけられた部屋の片隅に重ねられた物に目がとまった。色とりどりのファッション雑誌。それらの奥にはCDが綺麗に並べられていて、こんなのも聴くんだなあ〜なんて、新たな彼女の一面を知ったような気持ちになる。
「野ブタ、こーゆーの好きなの?」
 新しい彼女に会えたことが嬉しくて、思わず指を指して質問をしてしまう。信子はふんわりと微笑んで、こっくり頷いた。ああ、その笑顔にも目眩を起こしてしまいそうだ。
「…そ、ソレね、最近集め始めたの」
「最近?」
「うん。ちょっとでも早く寝付けるかなあって」
「えっ、何、野ブタ眠れないの?」
 彰の問いに、信子はこくんと頷く。えー、えー、大変じゃん!ひとしきり騒いでから彼女の顔をのぞき込み、「何か悩みでもあるんじゃない?」と尋ねてみる。しかし、彼女はかぶり振るだけだ。
「悩みもナイのかあ〜……一体何でなんだろうね」
「あ…彰も解らない、よね…」
 ごめんね、そう言って俯く彼女に何と言葉をかければいいのか、彰は戸惑ってしまった。
「俺の方こそごめんっちゃ……」
「ううん、ただ、最近夜になると淋しくて仕方なかったから。季節のせいかもしれない。」
「んっかんっか。だから、こうして音楽を聴いて気を紛らしたり……」
 ………って、え?
前においちゃんと似たような話をしたような気がするのは、俺の思い違いだっけか?
「……でも、今夜はよく眠れそう。あ、彰が来てくれた…から」
「お、俺?」
「うん……」
 それきり俯いてしまった彼女の頬がほのかに紅いのは、気のせいではないだろう。彰は彼女の言葉に対して何も返せなかった。ぐるぐると回っている頭では、話の流れについて行けていないことは明らか。でも、心の中でたどり着いた結論が、気のせいでないのなら。

ドゥーしよう。俺、超嬉しい……。

「……野ブタ、俺、解ったよ。野ブタが寝付けない理由」
「え……?」
「驚かないで聴いてくれる?…その前に、俺のいうコト、信じるって約束してくれる?」

 静かに頷く彼女に、そっと囁く言葉。
それはすごく複雑で、でもとても単純なこと。



『今度来たとき、相談にのって欲しいことがあります。夜なかなか寝付けないのは、どうしてですか?』
『…それはね、君が俺に恋をしてしまったからだよ』





お二人の性格が違いすぎます…;本編終了後の彼らって難しい;

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