温かく香り立つ、白い蒸気の向こうに見えるもの。
静かな空間。物音ひとつ聴こえない。聴こえるといえば、時計の秒針が触れる音。




S/N




「ロキくん、お茶会しよーよ!」
 燕雀探偵社。その古めかしい洋館には不似合いであるセーラー服を着た少女――大堂寺まゆらは、入ってくるなりそこの主人にこう一言、のたもうた。 洋館の主人――ロキは当然のごとく眉をひそめる。
「なんなんだよまゆら。そんないきなり…。」
「だってもう春だよ?春といえば暖かな日差し!こんなにいいお天気なのに、部屋の中にこもってるなんてもったいないじゃない!」
「……つまり、外でお茶したいってコト?」
 そのとーりです!、まゆらはびしっとVサインを出してみせる。
「…そうだねぇ、たまにはいいかもね。」
 違った環境でお茶を飲むのもいいかな。そうちらりと思ったロキは、そこまで深く考えずに承諾した。なにより自分の息子が入れるお茶は美味しかったし、一緒にそれを共有してくれる少女との 時間は嫌いではない。



しかし、その選択が、後から彼の後悔の素になるとは。





「ロキー!来てやったぞ〜!」
 けたたましい音を立てて門が開かれる。
別に来てもらわなくても良かった…お茶の準備をしていた眼鏡の青年はぴくりと肩を震わせ、少年ははぁ、とため息をついた。
「いらっしゃい、鳴神くん!早かったねぇ〜」
「おうよ!ロキんちで茶会が開かれるって聞いたから、大急ぎでバイトを上がってきちまったぜ!」
 そう言うと、学ランの少年は景気よく笑った。(本当は景気なんて良くないのだが)


 続いて小学生くらいの女の子が、控えめに覗いている姿が見える。
ほわほわとした髪の毛を揺らした、大きな黒目がちの瞳が特徴的な少女。
「ロキ様、こんにちわですぅ〜。」
 ロキとふと目が合って、少女―レイヤはトコトコと庭に入ってきた。
胸には大きなバスケットが抱かれている。
「お招きどうもですぅ。お茶会嬉しくて…レイヤ、クッキーを焼いてきたですよv」
 バスケットの中身はソレなのだろう。大切そうにまゆらに差し出した。
「わ、ありがとう!レイヤちゃんv」
 にっこり笑って、バスケットを受け取るまゆら。
どうやら、彼女が電話で誘ったらしい。鳴神もそのクチだった。
ロキはあはは、と乾いた笑いを浮かべる。
「ここまで揃うとは…まさかとは思うケド…」




「お邪魔するのだー!」
「フレイっ、あんまり大声出すなよっ!」


 突然間抜けな声が響き、ロキは脱力した。
変な格好をした長髪の青年と右目が前髪に隠れて見えない少年。
本来なら表門から入ってくるはずのない面子だ。


「げっ、ロキっ……どうしてここにっ!」
「どうしてってココはボクの家だし…ってゆーか、ソレはこっちの台詞なんだケドねぇ…」
「落着けロキ、まぁ話せば長くなるのだがな…と、アレは大和撫子ではないかっ!」
 フレイはまゆらを見つけるや否や、ロキの問いを無視し、すっ飛んでいく。
「あっ、コラフレイっ!!」
 ロキとヘイムダルは、慌てて後を追いかけた。




 木陰で手を握り合う一組の男女。(この場合、一方的なものなのだが)
きらきらと輝いて見えるその彼の瞳には、もはや少女の顔しか映っていないだろう。


「か、怪盗サン!?どうしてココに……」
「や、たまたま通りかかったら美味そうな香りにつられてね…フレイは違いのわかる男なのだよ…。」
 突然の来客に、戸惑い気味のまゆらであったが、さすがは順応性の早い彼女。
ぱぁ、と表情を明るくすると、
「でも丁度よかった!これからお茶会なんです。よろしければ一緒に…」
「え、いいのかい?それではお言葉に甘えて…」
「何言ってんだよフレイっ!」
 話がまとまりかけたそのとき、すかさず横からヘイムダルがツッコミを入れる。
「あ、和実くんもいたのね!ね、一緒にお茶会しない?」
「え……。」
「まゆらぁ!?」
「そーだそーだ!まゆらちゃんがこう言ってるんだぞ!」
「……じ、じゃあ……。」
 ロキの悲痛な叫びも届かず……。





 暫く経つと庭はっすっかりカフェテリア風になっており、テーブルの上も綺麗に整えられていた。
豪華な西洋風のティーセット、美味しそうなクッキーやケーキを目の前にしても、このメンバーじゃなぁ…とロキは重いため息をつく。
 おのおのはお茶にお菓子をつまみ、始まるはどんちゃん騒ぎ。
鳴神は紅茶の一気飲みをし、ヘムに「飲み会じゃないんだぞ」なんてツッコまれている。
フレイはというと ちゃっかりまゆらの隣に座り、「ミステリーについて」をなにやら熱弁しているし…。
レイヤと闇野はお菓子のレシピ談に花を咲かせているようである。


 その光景を目の当たりにしながら茶をすするロキは、心底疲れていた。
本来、ティータイムとは静かな場所で優雅に過ごす時間じゃないのか?



『暖かな日差しの下で鳥の声をでも聞きながら、香り立つ紅茶・見目美しいお菓子を味わう。』
これが、自分の理想だった。




それなのに。




「この有様はなんなんだよ。アリスのお茶会じゃあるまいし…。」
 全然違うじゃないか、とロキは顔をゆがめる。


 余程不機嫌な顔をしていたのだろうか。
先ほどまでフレイの横で興味津々、話を聞いていたまゆらが、急に心配そうな顔でロキを覗き込んできていた。
「ロキくん、ココんとこにしわがよってるよ?…どうしたの?」
 そう言うと、自分の眉間を指差すまゆら。


 誰のせいだと思ってるんだ、と言い返したかった。とても。
文句をぐっとこらえ、ロキはふいっと顔を逸らした。
そんなロキを見、まゆらは困ったように笑う。
「…実はね、外でお茶会したいって言ったのは、暖かくなったからだけじゃないんだ。」
「………じゃあ何で?」
「ロキくん、いつも独りで…しかも薄暗い部屋でお茶してたみたいだったから……。」
「え……。」
 まゆらの一言に、ロキは逸らした顔をもう一度、彼女の方へ向けた。
「私.、お茶はみんなで楽しく飲むものだと思ったの…。」



 思わず、呆気にとられた。
理解できないはずだ。
その答えは、自分では到底思いつかない考えだったのだから。




 ほんの少し前まで、なんと迷惑な提案をしてくれたんだとこの少女を恨めしく思っていた自分が、何だか恥ずかしかった。
「ロキくん、いやに思い悩んだ顔をしてたから…外に出れば、ちょっとは明るい気持ちになれるかな、って思って…でも、迷惑だったかな…?」  
まゆらの小さな声に、ロキは静かに首を振る。
「そっか、よかった。」
 そう呟いた彼女と目が合う。嬉しそうな彼女の笑顔を直視できなかったロキは、がばりと俯く。
視界に入った真白なテーブルクロスが、目に痛かった。





『暖かな日差しの下で、香り立つ紅茶・見目美しいお菓子を味わう。』

 たくさんの仲間に囲まれて、賑やかな雰囲気の中で。



「……ソレも、いいかもね。」



―――ボクの隣に、キミがいてくれるなら。





古木 さやかさまのリクエスト、『皆でお茶会して、最後はロキまゆ』小説です。
どうもありがとうございました!

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