頭の整理はできても、心の整理はなかなかつかないから。
せめてこのくらいのしあわせは、望んでもいいですか?
ウィンター・シグナル
屋上でひとり見上げた空は、決して気持ちの良いものではなくて。
突然吹いた風に、ぶるっと身体を震わせた。
俺、草野彰の靴箱に投げ込まれていた衝撃の写真。ぬか床の中に封印したのはいいけれど、それで全てを水に流せるほど心は簡単な構造をしていない。
教室ではいつも通りに振る舞っていたが、今でも内側ではもやもやとした気持ちをぬぐえないでいる。
無造作に置かれた机に腰掛け、ふうっとため息をついたそのとき、かちゃり、と小さな音を立てて、屋上の扉が開かれた。
「……野ブタ……」
視線の先には俺が想ってやまない女の子の姿。彼女は無言で俺の隣に来て、何をするでもなく俯いている。俺もいつもなら「コンコンっ」などとちょっかいを出す所だが、生憎心はしぼんだままで。右手で作りかけたキツネを力なく下ろし、薄汚れた校舎をぼーっと眺めていた。
「……げ、元気ないね。どうしたの……?」
しばらくして、ぽそっとつぶやいた彼女。
長い前髪の間からこちらを見ている大きな瞳は、心配そうに揺れている。
大好きな女の子にこんな悲しそうな表情をさせてはいけない。俺は「なんでもないっちゃ。」と言ってにんまり笑い…たかった。しかし頬の筋肉は言うことを聞いてくれなくて、口元が情けなく上がっただけ。
「何か悩みがあるなら……わ、私じゃ役不足かもしれないけど………」
「……そんなコト、な〜いよ。」
あの写真の真相を知りたい、というのは、喉の奥に飲み込んで。
今度は言えた、心と裏腹な言葉。
俺が本心を告げればきっと、彼女は顔を曇らせてしまうだろう。
見なかったことにすると、決めたから。
―――信じると、決めたから。
「ねえ野ブタ、俺にパワーをちょうだい」
「……?」
「ホラ、いつもの。野ブタパワー注入、って。」
そう言って、俺は野ブタの右手首を優しくつかむ。
瞬間、頬に赤みが差した彼女だったが、ゆっくり頷くと、ポーズをとって、
「……の、野ブタパワー、注入」
彼女の右手が、俺の頬に伸びてくる。
細い指先が温かく触れた瞬間、冷たくなっていた心が、ふわんと何かに包まれたような気がした。
「……あんがとさん。ね、野ブタ、もうひとつお願いがあるんだけど。」
「な、なあに?」
「コレさ、俺以外の奴にはやんないで」
のぞき込んだ大きな瞳には、真剣な男の顔が映っている。
彼女の顔を真っ直ぐに見て告げた言葉は、自分でも驚くくらい、辺りに響いた。
返ってくる言葉はない。代わりに一回だけ、彼女は小さく首を縦に振った。
8話関連のお話。だってあまりに彰くんがいじらしすぎるんだもの…!
みんなみんな、優しい子ですよね。彼も、修二くんも、信子さんも。