その音、ココロにしみわたる
過ぎゆく時間、穏やかに
――彼女にしばしの休息を。――



リラクリズム



朝は忙しい。

ご飯をつくって、お茶碗を洗って、お天気のいい日は布団を干して――そうこうしているうちに時間は過ぎていく。
一ノ宮家の家事担当、ヨーコも例外なくこの朝のサイクルをこなしていた。

朝ご飯を済ませて銘々が自分の時間を過ごしている頃、ヨーコはひとり、玄関先を掃き掃除。
しばらくして掃除を終えた彼女は、ふと空を見上げた。
「わあ…真っ青だぁ〜…」
本日の天気は快晴。久々のお洗濯日和。
「よしっ!今日はシーツもまとめ洗いしちゃおう♪」
るんるん気分で足早に廊下を歩いていると、


「ヨーコちゃん。」


不意に自分を呼ぶ声がしたので、立ち止まる。
「なあに?かんちゃん。」
そこはこの家の主、一ノ宮勘太郎の部屋の前だった。
開かれた障子の奥から勘太郎がにこにこしながら手招きをしている。
ヨーコは、首を傾げながらも部屋の中に入り、目前の主人に問いかけた。
「何か用事??」
「ここに座ってv」
「……はぁ?」

指差されたのは勘太郎の向かい側。ご丁寧に座布団までひいてある。
「あのね、かんちゃん…私、今忙しいんだケド…」
ヨーコは呆れ顔で勘太郎を見た。当の彼は相変わらず笑顔だ。
「まーまーたまにはいいじゃないvv」
こーゆーとき、絶対何か企んでる・・・・・・ヨーコは何かを察知し、あとじさった。


「よくないっ!ソレにかんちゃん、原稿終わったの??」
「う・・・・・・。」
ヨーコの厳しい一言が勘太郎に突き刺さる。
「締め切り、近いんでしょ?今度原稿落としたらウチの経済状況はどうなるか……」
体勢を立て直した勘太郎は上目遣いにヨーコを見て、言った。
「んー…ヨーコちゃんがここに座ってくれたら、書こうかな〜♪」


・・・・・そうきたか・・・・・・


ヨーコが思案していると、さらに追い討ちをかける勘太郎の言葉。
「ヨーコちゃんが座ってくれないなら、こっちにも考えが……」
「…わかったわよ…」
ついに折れたヨーコは彼の前まで行くと、ちょこん、と腰を下ろした。

真向かい。距離もそんなにない。

…なんか、お見合いみたい…などと思いながら勘太郎の顔を見る。
この上なく満足気な彼の表情が見て取れた。
「じゃあヨーコちゃん、目、閉じて。」
「へっ…なんで??」
予想外の言葉に、ヨーコはぽかーんとしてしまう。
「いいから!…でないと…」
「わかったわよぅ〜〜…」


…コレって脅迫と言わない…?


抵抗することができない自分が情けない。ヨーコはやれやれとため息をついて、瞳を閉じた。
しかし、その後いくら待っても何も起こらない。こんなコトをさせてどういうつもりなのだろう。


大体、私は忙しいのよ?これからお洗濯して、お布団干して・・・・・・


いろいろ考えていると、知らぬうちにこの自分勝手な男への文句の言葉も出てくる。
「閉じたわよ。かんちゃん、一体なに…ひゃっ…」
しかし、その言葉は最後まで言い終わらないまま、途切れた。
なぜなら、彼女はその自分勝手な男の腕の中に納まっていたから。
「な…ナニナニっ…なんなの??」
勘太郎に抱かれ、瞳を閉じたまま上ずった声を出すヨーコ。
心臓が全力疾走した後みたいにどきどきしていた。
「目、開けてイイよ、ヨーコちゃん。」
「う…うん、でも…なんで?」
頭を上げると、すぐ上の勘太郎と目が合った。
彼の瞳で、なぜか急に大人しくなってしまう自分。
なんだかヘンなの――ヨーコは思った。


ふっと勘太郎は微笑む。
「ボクの胸に耳をあてて…ね、なにか聴こえない…?」
ヨーコは言われたとおり勘太郎の胸に寄り添い、耳を澄ましてみる・・・・・・・


聞こえてきたのは規則正しい心拍音。


「…心臓のおと…?」

とくん、とくん・・・・・・ヨーコの耳に響く優しい音。
あれ、なんだか落ち着く・・・どうしてかな・・・?
「…かんちゃん、なんか安心できるの、この音…。」
勘太郎はふわりとヨーコの髪をなで、呟いた。
「心臓の音ってね、宇宙のリズムと同じなんだって。…生まれてくる前の記憶が残っているのかなぁ、安心できるのはそのせいなのかもね。」
「…そっか…」

そっと身体を起こしてヨーコは勘太郎の方を見上げる。彼女の顔を覗き込む穏やかな彼の瞳に、自分の顔が映って見えた。


『たまにはこんな時間もいいでしょ?』


小さく耳元で囁かれた、とても温かな声。

ヨーコはこくんと頷くと、もう一度瞳を閉じて、勘太郎に寄り添った。
優しい音は、静かに彼女の身体に溶けていく。



――安心できるのは、宇宙のリズムを聴いているから?


髪に感じる、愛しい感覚。


ううん、ソレだけじゃない…――


「……ありがとう、かんちゃん……」


+数時間後+
ヨーコ「きゃあああああっ〜もうこんな時間!かんちゃん、どうして起こしてくれなかったのぉ〜!」
勘太郎「だってぇ、ヨーコちゃんぐっすり眠ってて起こすのかわいそうだったんだも〜んv」
ヨーコ「…ソレはそーと、原稿終わった?かんちゃん?」
勘太郎「やーだなぁ〜ヨーコちゃんを抱えたままどうやって書けと言うのさ〜?」
ヨーコ「・・・・・・・・・・。」





初めて書いたタクティ文。

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