じたばたするなんて、格好悪いじゃん。 恋愛は、スマートにいきたい、ソレがボクの理論。




初夏のある日




 カチコチカチコチ、洋館の静かな一室で、時計の音が響いている。
身体に似合わない大きな椅子に腰をかけた少年――ロキはため息をついて、厚い本のページを捲った。ふと時計を見ると、5時を回ろうとしている。もうこんな時間か…と呟くとおもむろに立ち上がり、仕事机の後ろにある大きな開き窓を開けた。
 白いカーテンがひらひらと揺れる。さっきまで雨が降っていたせいか、湿り気を含んだ空気は、決して気持ちのいいものではなかったけれど。
 「……もうすぐ夏がくるなぁ…」
 大きな独り言を吐くと、天を仰いでいた目線をまっすぐ戻す。そのまま暫く家の前の歩道を眺めていたのは、自分でも無意識のことで。
 「なーに見てんだよ、探偵?」
急に声をかけられて、一瞬びくっとしてしまった。
ドアの隙間から、よお、と軽く手を上げてやってくる人影。
 「なんだ、光ちゃんじゃん…」
 「その言い方はないんじゃないのか?せっかく久しぶりに遊びに来てやったってゆーのに」
 その目は、悪戯っぽく笑っている。
ロキはコホン、と咳払いをすると、平静を装って来訪者にたずねた。
 「……いつからいたの?」
 光太郎はにやにやしたまま何も答えない。一部始終を見られていた証拠だった。




***




 「あーして毎日アイツが来るところを眺めてるワケか」
 「毎日って……」
 違うといってしまえば嘘になる。でも、別に意識して起こしていた行動ではなかったワケで……頭の中でごちゃごちゃ考えていたら、余程余裕のない顔をしていたのだろうか、光太郎に、ふふん、と笑われた。
 「つまりはベタボレってコトだな。」
 あの後、話題を逸らすために闇野に持ってこさせた紅茶。出されたカップを揺らしながら、光太郎はうんうん、とうなずく。
 「あのねぇっ…ボクは別にまゆらのことなんてっ…」
 「誰がミステリー女のことをって言ったよ?」
 「う……」
 光太郎は、やっぱりね、という感じで肩をすくめる。
しまった、口車にのせられてしまった……
でも、こう思ってしまうのは、言い訳かな。
 「…だってさ……恥ずかしいじゃん」
 「なにがだよ?」
 いつのまに、あの能天気な少女に心を支配されてしまったのだろうか。
片時も離れたくない、そんな気持ちになったコトなんて、なかったのに。



 「こ〜んにちはっ!」
 タイミングがいいのか悪いのか、扉を開けて例の少女が顔を出す。
ロキは、思わず紅茶を吹き出しそうになった。
 「お、来たかミステリー女。」
 「あ〜っ、なんで光太郎くんがいるのよぅ〜」
 「安心しろ、探偵助手の座なんて狙ってねーから。」
 そう言うと、光太郎はわしわしとまゆらの頭をなでる。まゆらは、「あれ、どうして私の言いたいコトが解ったの?」という顔をして、されるがままの体勢だった。
ロキは、横目でその様子を見守る。いや、見守るなんて生易しい目ではなかったかもしれない。後に光太郎が、あんなに鋭い目で見られたのは初めてだったと語るくらいだから。
 「ふ〜〜ん、仲いいんだね〜キミ達。」
 思わず口をついて出た言葉。間抜けな話だが、おかしいと考えたのは、言葉にしてしばらく経ってからだった。じゃれあっている(?)本人たちにとっては、何のこともないやり取りで、学校で見られるような、学生同士のいつもの光景。
 ロキ自身も解らない。どうしていきなりこんなコトを言ったのか。
おかしいも何も、これではまるでやきもちだ……。
 こんなとき、まゆらが鈍くてよかったと思う。彼女のきょとんとした顔を見て、心底感じた。一緒にいる光太郎には、ロキの気持ちは筒抜けだっただろうけど。
 「素直になるのが一番、ってな」
 思考がもんもんと渦巻いていたロキの頭に、軽い口調が降ってくる。
その言葉をきき、くすくす笑うまゆら。
 「なにソレ、まるで光太郎くん、経験したみたいな言い方するのね。」
 「おうよ、経験上言っておくぜ、探偵。」
 そう言って笑うと、彼は思い出したかのように携帯電話をポケットから取り出し、「もうこんな時間か」とつぶやく。じゃあ邪魔したな、と手を振る様子は、あまりにわざとらしいもので。
 「……まゆらが鈍くて、本当によかったよ。」
 「え、何、なんか言った?」
 ぱたんと扉の閉まる音にかき消された言葉に、まゆらは首をかしげる。
 ロキはこほん、と咳払いをした。
 「なんでもない。ところで…キミの今日の目的は?」
 「そりゃあ、ミステリィーを探すため!」
 「あ、そう………」
 まゆらの弾んだ声に、ロキははぁ、と肩を落とす。聞くまでもなかったか、ソレが彼女のライフワークなのだから。
 「それはそれはご苦労様。でも残念ながら、素敵ミステリーはまだないよ。」
 「いいんだもん。一番は、もちろんロキくんに会うためだから。」
 そう告げると、彼女は長い髪を揺らしてにっこりと笑う。聞き間違いではないだろうか。あのまゆらから――今まさに、ぐるぐるミステリーめがねを取り出さんとしていた彼女から、こんな台詞が飛び出すなんて。
 ロキは、緩む頬を必死に押さえる。ほかの人が聞いても、たいしたことのない言葉だと思うかもしれない。自分だって、いつもの調子で行けば憎まれ口をたたいていただろう。でも、今日は、こんなにも。

―――惚れた弱みってヤツかな……?

 いきなり声に出して笑い始めたロキに、まゆらはあわてて「どうしたの?」と声をかける。目じりを押さえながらなんでもないと答える彼は、心の中でそっと思った。
 彼女のくれたひとことで幸せになれる自分は、そんなに悪くないものだと。







+ハンセイ+

朔夜さまリクエスト、ロキまゆ小説でした〜。
お邪魔虫が現れるという内容だったのですが、一応光ちゃんにその役を担ってもらったものの……役不足だよ光ちゃん!(笑)。
遅くなってしまって本当にすみません;リクエストありがとうございました〜☆