すき、きらい……なんて、花占いをするまでもない。
だって、答えはもう出ているんだもの。




でも おもい あいまい




 休日の学校。普段の喧騒はどこへやら、長い廊下は静まりかえっていて、聞こえるのはぱたんぱたんという足音のみ。ついさっきまで自分の盛大な告白がこの空間に響いていたのだと考えると、胸の中に嬉しいような恥ずかしいような、恋を自覚した瞬間に感じた甘酸っぱさが広がる。しかしそこに、これで終わりなんだという苦さも混じって複雑な気持ちになった。まるで、最後の線香花火が燃え尽きたような感覚。
 そんな放送室からの帰り道、突如目に入ったのはひとりの女の子。あのさらさらのロングヘアはどこかでみたような後ろ姿だと思った矢先。少女が急にうずくまったから、思わず走って、声をかけてしまった。
振り返る彼女の瞳に光っていたのは、涙だった。


 俺の隣で鼻をすすっているのは学園のマドンナ、上原まり子。
声をかけた途端堰を切ったように泣き出した時は焦ったが、今はだいぶ落ち着いたみたいだ。
それにしても、いつも笑顔の彼女をこんなにしてしまった原因は一体何なのだろう……なんて、今まさに自分も泣きたい気分だったのに、人の心配をしてみたりして。

「あなた、修二の友達、だよね?」
「だっちゃ」
「……あなたに言っても仕方のないことかもしれないけど聞いてくれる?」俺はこちらを見ることもなく独り言のように呟いた彼女に、ただ頷くしかなかった。窓から見える青空をじっと見据えている彼女が、その了承を確認できたのかは定かではない。俺の言葉など待たず、彼女は次の言葉を口にする――「私、修二に振られちゃった」。
「……は?」
「私はずっと好きだったけど、修二は違ったみたい。そして、これからもその気持ちは変わらないみたい」
あはは、と笑いながら彼女は言ったが、その瞳からこぼれるのは涙。
「何があっても諦めないつもりだったけど、もう諦めるしかないのかなぁ……」
「…マリコさんはぁ、修二に想いが届かないから諦めるの?」
「……え?」
「俺もね、好きな子がいるの。でも今の俺じゃあその子――野ブタにはふさわしくないから、諦めようって思った。」
 マイクに思いの丈をぶつけて。これですっきり、なんて自分の中で納得するふりをして。
でも悲しいかな、それで全てを無かったコトにはできなかったって、今、解った。
休み返上でつき合ってくれた修二には悪いけど、さ。



 こんなこと、この子に言っても仕方がないことだって解ってる。
でもさ、涙するくらいに相手を想っているなら止めないで欲しいって思ったんだ。勝手だけど。
これはきっと、想いを手放そうとしている自分へのエゴなのかもね。そう考えると笑ってしまう。別に面白くも何ともないのに。




*********




 急だったから。準備の出来ていなかった心に、修二の声は鋭く突き刺さった。多少は予想していたけど、オブラートに包まない彼の言葉はあまりにも強すぎて。正直な気持ちを言ってくれたことに感謝する反面、恨めしく思ってしまった自分は嫌な子だと思った。
 どのくらいひとりで泣いていたのかは解らない。流れる涙を頬に感じ、これからどうすればいいのかなんて考えるよりも早く、喉の奥から漏れる嗚咽をこらえなきゃという理性が働いた。薄い膜ごし、遠くに見える昇降口からは、ぼんやりと光が漏れている。あと少しで日の当たる場所へたどり着くのに、足は一歩も動かない。堪らなくなってうずくまったその時、じんじんと響く耳に温かい声が届いて、私は振り返った。まるで迷子の子どものように。


「今の俺じゃあ野ブタにはふさわしくないから、諦めようって思った。」
 静かに隣で私の話をきいてくれていた男の子が、突然口を開いた。思いも寄らない一言に、私は一瞬、何を言っているのだろうと怪訝に思う。相手から見切りをつけられたわけでもないのに自分の気持ちを捨てるってどういうこと?少し頭を上げ、彼の横顔を見やる。その姿は凛としていて、決してふざけたり冗談で言っているのではないと解った。
「野ブタって小谷さん……よね?別に嫌いって言われたわけじゃないんでしょ、どうして?」
「俺は野ブタを泣かせた。そんな自分が許せなかったから。」
 俺ね、理想があるんだよね――草野くんは薄く笑って、その理想をぽつりぽつりと話してくれた。自分のせいで泣いて欲しくない、願いを語る彼から、小谷さんのことが大事だという気持ちを強く感じる。それだけでも彼女はしあわせだろうと思うのに、この人は諦めることを選んだんだ。
それが、相手のしあわせだと思ったんだ。

「……そっか。いろいろな形があるんだね。」
「だね。でも相手のコトが一番大事ってゆーのと、諦めるのは簡単じゃないってゆーのは一緒かも〜…コン!」
「うふふ、そうだね。何だか不毛だね、お互い」
「そうねん」



 気持ちを切り替えるのは楽じゃない。でも想う相手の気持ちを変えることはもっと楽じゃないから、自分の心を押し殺すことでなかったことにしようと考える。もちろん、いつかこの想いが相手に届くのではないかという甘い未来を夢見ていないと言ったら嘘になるけれど。でもどうしてだろう、この期待が相手への重圧になるのではないかという考えがちらつき、たちまち臆病になってしまう。だからぎゅっと目を閉じ、震える指でリセットボタンを押すのだ。

 自分が傷つかないための卑怯な考えだって解っているけれど。それが、救いになるというのなら。
どうか、この人の相手を想う気持ちが届きますように。
何が嘘でも、これだけは純粋な気持ちだから。
自分のことは祈らないから。せめて、この人だけはしあわせになれますように。


――かみさま、どうかお願いです。





この二人、同じ「恋を諦める」でも、理由は全然違うなあ、と感じてできたお話。

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