満月の夜ってね、みんないつもと違うんだって。




まんげつのよるには。



「まゆら、そろそろ帰りなよ。まゆらパパかんかんじゃナイの?」

燕雀探偵社。いつもの部屋で、ロキくんは本棚の整理をしてる。
その横で私もお手伝い。闇野さんお手製の夕食をごちそうになった後に。

「ちょっとまゆら、聞いてんの?」

ロキくんの言葉に、私は手に取っていた本を棚に片付けると、ふうっと溜息をついた。

「聞いてるよ、ロキくん。平気だよ〜」
「何が平気なのさ。だいたい今何時だと…うわぁっ…」

声を荒げたロキくんは、乗っていた踏み台の上でバランスを崩してしまった。

「きゃ…ロキくん……!!」



どしん!



部屋に響く、鈍い音。





「…ロキくん、大丈夫??」

私はなんとか上から降ってきたロキくんを抱きとめる。
いつもよりも近い位置で目が合って、ロキくんは慌てたように私の膝から飛びのいた。
ぱんぱんと服のほこりを落としながら、ロキくんは言う。

「とっ…とにかくもう遅いし…帰ったら?」
「へーきなんだったら〜!
パパ、今日は新山さんとウチで飲み会してて、今帰ったらお酌やらされちゃう!」

酔っ払い二人が待つ家に、帰りたくナイもん。

「…そういうコトなら、しょうがないか…」

ロキくんはしぶしぶ頷いた。













…満月の夜はいつもと違うって言うケド、なにがとう違うんだろう……。





「ありがとう。」

まゆらは、ボクの入れたお茶のカップを受け取る。

「うん、おいしい!」

そして、めいっぱいの笑顔を向けてくる。

「…あったり前だろ、このボクが直々に入れたお茶だもん!」





……キミの笑顔に見惚れてた、なんて言えないから。





ボクも自分のカップを取って、口に運ぶ。

静寂。

響くのはカチカチという、時計の規則正しい音のみ。





「…そういえば、闇野サンはどこ行っちゃったの?」

沈黙をやぶるかのように、まゆらが口を開いた。

「ああ、ナルカミくんに『部屋の掃除してくれぇ〜』とか言われて連れて行かれたよ。」
「ふ〜ん、珍しいよね…二人だけが一緒なんて。」
「……そういえば、そうかも……」

ヤミノくんはナルカミくんが苦手だからなぁ…無理もないケド。

ふとまゆらのほうを見ると、なにやら難しい顔をしていた。

……なにを考えているのだろう。まゆらにも悩み事なんてものがあるのか?

暫く観察していると、彼女は無言で立ち上がった。











満月って、見てるとどんな気持ちになるのかな…?





私は椅子から立って、まっすぐ窓の方へ向かってた。

『謎を解くためには、ますそのものを見極めなくっちゃ。』

誰かが言っていた言葉。

かちゃ、静かに窓を開けると空を見上げる。

そこにはまんまるくて銀色の月。

「まゆらが何を考えてたか、当ててみようか?」

気が付くと、隣でロキくんが笑って私を見てた。

「『満月の夜は、なんかいつもと違うな〜』だろ?」
「え…うん。ロキくん、なんでわかったの??」
「な〜んとなく。それより、さすがにもう帰った方がいいよ。送ってくからさ。」




私、今度は素直に、うん って頷いた。







「やっぱりロキくんはすごいなぁ。何でも解っちゃうんだね!探偵の鏡だよ〜!!」

帰り道。

私はさっきの感動を口に出さずにはいられなかった。

ロキくんは、なんだか呆れた顔をしているみたい。

「なんでもって…ボクにだって、解らないコトはたくさんあるよ…。」

そう言うと、彼は静かに天を仰いだ。













月に聴けば、教えてくれるのだろうか。





『何でも解るんだね』



彼女の言葉に、ボクは吹き出しそうになった。

解らないコトだらけのボクなのに。





「でもね まゆら、ボクには満月の夜が普段とどう違うのかなんていうのは解らない。」

当然のコトだ。誰にも解るコトじゃナイのに。

思わず真面目に言ってしまった自分が少しおかしくて、ボクは彼女の反応を窺ってしまった。

「うん、私も分かんないや〜」

えへへ、と はにかむ彼女。

それは、いつもと同じ反応。

もうこの話はお開きだな…そう思ったとき、まゆらは言った。

「でもね、ひとつだけ解るコトもあるよ?」
「……なにが?」

ボクが溜息をついて尋ねると、まゆらはふふっと微笑んだ。











満月の夜にだって、変わらないコトもあるの。





「…笑わないでね?」

ロキくんに釘をさしておく。私だって照れるコトもあるんだから。

「なんでもいいから、早く言いなよ…。」

ロキくん、しびれをきらしてる。

「…あのね、満月の夜でも、ロキくんは優しいコト!」

心からの言葉だったのに。

ロキくんったら、呆気に取られてる。

そして、ぷくく…って笑った。

笑わないでって 言ったのに!



「…ソレならボクにだってあるよ?まゆらは満月の夜でも変わらず能天気なコト〜とかね!」 「もぉ〜なにソレ〜〜!!」

気づくと、私の家の前。

「じゃ〜ね、まゆら。また明日!」
「えぇ〜ひどいよ〜ロキくん〜〜!」

言いたいコトはいっぱいいっぱいあったケド。

明日もあるって、ロキくんも言ってくれたもんね。





だから、今日のところは許してあげる。











満月の夜でも変わらないコト。

それは、素直になれない自分。





まゆらを送った帰り道、ボクは満月を見て思った。

頬を染め、キミがくれた言葉が嬉しかったのに。

ボクは言えなかったんだ、本当のコトを。





本当に変わらないで欲しいもの、ソレはキミの笑顔。

…いつでも優しいキミ、なんてね。







その頃。


闇野「鳴神サン、掃除おわりましたぁ〜」
鳴神「お〜っし!んじゃ〜次はメシ作ってくれ!」
闇野「ひぃぃぃ〜はいぃぃぃ〜!(助けてくださいロキ様ぁ〜;;)」





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