『片想い』

ソレは辞典には載っていない言葉だけど。
この世に一番溢れてる言葉だと思う。



1/2かたおもい



放課後。
私はこの言葉の意味が知りたくなって図書室に向かっていた。
…あの人の、セイ。


図書室の扉を開けるとテストが終わったばかりなせいもあって、生徒はほとんどいなかった。
数人だけ、新聞を読みに来た先生やマジメな生徒がいるだけで。



夕暮れの窓際の席。ここは一番の特等席。
そこに座り、私は重たい国語辞典のページをめくった。
か行の……『かたいれ』、『かたうた』、『かたうで』、『かたうらみ』、『かたおなみ』、『かたがき』…



風でカーテンが揺れた。



「はぁ〜…。」
ため息と共に、私は国語辞典を閉じる。



―――ない…



そんな気はしてたの、探すだけバカみたいって。

「…でも、ホントにナイのかな??」
諦めの悪い私は、再びページをめくった。
そのとき、



「おい、ホタル。」



声をかけられた。


「…光太郎!?」
図書室とはあまりにミスマッチな人の登場で、私は思わず大きな声で叫んでいた。
先生たちの鋭い視線が痛い……。
「こ、光太郎、どーしたの?こんなトコに…。」
私は小さな声で光太郎に尋ねた。
「なんだよ、俺が来ちゃいけねーのか?」
不服そうな光太郎に、私は慌てて否定する。
「いえ、そーゆーんじゃなくて…ホラ、光太郎が図書室に来るなんて珍しいから…。」
「そっか〜?たまに昼寝に来るんだケドな。」
カラカラと笑う光太郎。
…やっぱり、その程度よね…。私は小さくため息をついた。


「お前、随分でっかい本読んでんだな。なんか調べモンか?」
机の上の国語辞典に気が付いたらしい。
光太郎は私の向かい側に座り、開かれたままの辞典に目を落とした。
「あ、うん、ちょっとね…分かんない言葉があって。でも、載ってなかったのよ。」
「ふ〜ん…」
そのまま暫く光太郎はぺらぺらとページを弄んでいたが、やがて顔を上げてにやっと笑った。
「俺が知ってるコトバかもしれねーぜ。言ってみろよ。」



間…。



「えぇ〜〜!?」
私、また大声を上げちゃった。
光太郎が慌てて私の口を手でふさぐ。
「ナニやってんだよッ、ココ図書室だぞ!?」
「だ、だって…。」



『片想い』の意味を調べてたなんて…。



「…光太郎とは一番無縁なコトバだと思うんだケド…?」
なんとか諦めてもらおうとしたケド、光太郎は一度言い出したら聞かない。
あまりの頑固さに、私、ついに折れちゃった。
「しょうがないわね…。」
こそっと耳打ち。
大きな声ではいえないもの。


「そりゃ〜載ってないわな。」
バカにされるかな?と思ったケド、予想外なことに光太郎は神妙な顔をしていた。
「どーして載ってないって思うの??」
思わず身を乗り出して聞き返してしまう。
光太郎は頬づえをついて言った。コドモに言い聞かせるような口調で。
「…あのさ、辞典ってのは解らねえ言葉が載ってるモンだろ?」
「うん。」
「つまりな、『片想い』っつーのは誰もが一度は体験するコトだから載ってねーんだよ。」
「……え??」
「コトバじゃ表せねーコトバだっつーコト!」



私、光太郎の言うことに、大きく感心してしまっていた。
確かにそうなの。
イヤってほど感じてるコトなのに、言葉ではうまく表せなくて。



「にしても、以外だな〜、『片想い』とは対極な存在の光太郎が『片想い』について語ってくれるなんて〜v」
「あのな〜…俺にだって片想いの経験くらいあるぜ?」
「えっ!?」
信じらんない!!
あのプレイボーイの光太郎が片想い!??


「いついつ!?誰に!?」
…不自然に聞いちゃった…。
これじゃ、私が光太郎に片想いしてるってバレバレ…。
ツライ立場よね。


「…現在進行形。」
「えっ、誰なの〜??私の知ってる人!?」
胸を刺す小さな痛みに気付かないフリをして、私は光太郎に詰め寄った。
光太郎は困ったようにはぁ〜っとため息をつく。
「…ホタルって結構ニブイのな。」


じっと、光太郎は私を見た。
きれ長の瞳に見つめられて、私は言葉をなくす。


すべてがオレンジ色の景色の中、
時間が止まった、気がした。



―――ねえ、『片想い』+『片想い』は何になると思う??―――




「…帰るか。」


光太郎の声に、


「…うんっ!」


とびきりの笑顔を返そう。





光太郎くんとホタルちゃん。
無自覚両想いもいい。

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