いつでもどうぞ




 屋上。吹きさらしであるそこに置いてある椅子は冷たくて、とても座る気にはなれなかった。俺は少しでも風を防げるように壁を背にしてコンクリートに腰を下ろし、少し高い位置に座る少女(木の椅子はさぞ冷たいだろうな)を見上げている。彼女――小谷信子は先ほどから俯いたまま一言も発さず、ただ、数秒おきにくすんくすんと鼻をすするだけ。下から見ていれば解ることなのだが、長い前髪に隠れた瞳には水分が溜まっている。瞬きをすれば、それらは頬を伝うことなく落ちそうだった。
「……いい加減、許してやれば?」
「…………」
 だんまりですか。
彼女の涙の理由、それはここにはいないもうひとりの親友。何をされたのか知らないが彼女的には許し難いことだったらしく、奴――彰をその場に残したままここに逃げ込んできたようだった。それにしても、彼女に悲しい顔をさせたくないと普段から豪語しているアイツ、そのためには速攻で謝りに来るはずであろうアイツがこんなに経っても来ないというのはなぜなんだ。そんなに後ろめたいことだったのか。

 不意に彼女の口から、はぁ、と小さなため息が漏れた。それは冬の風に溶けてすぐに消えてしまったが、込められた気持ちはこの場に残っているような気がした。
「お前、本当は後悔してるだろ。彰を置いてきちまったコト。」
 俺は天を仰ぎ、独り言のように呟く。少し間をおいてから、彼女は小さくこくりと頷いた。
「………どうしてかな。今考えれば、何でもないことだったのに……」
「アイツも今頃、反省してんじゃねぇの。謝りに行けば?」
「……う、でも…ゆ、勇気が……」
 そのまま、どんどん俯いていってしまう彼女。このままでは頭が地面につかないとも限らない。落ち込んでいるのが彰なら、「野ブタパワー」でどうにかなるのだろうけど。その野ブタにパワーがないときはどうすればいいんだ?考えろ、桐谷修二。
「……そうだ、前さ、お前に公園で慰めてもらったコトがあったじゃん。アレやってみっか?俺が背後からぎゅって………」
「……っえ……」
「えっ、て……おい……」
 場を和ませるために口にした提案。しかし彼女にとってはとんでもないことだったらしい。真面目な彼女は顔を真っ赤にして絶句すると、目にもとまらぬ早さで駆けていってしまった。
「なんだよ、元気じゃん……」
 残された俺は一人ごちる。
冗談のつもりだったが、惜しいことをしたなぁ…なんて考えてしまうのは、頭がどうかしてしまった証拠なのか。
きっとあのまま彰の元へ向かうのだろうな、彼女は。
ちょっと面白くないような気もするが、あいつらが仲直りできるならいいかもしれない。


 でもこれだけは覚えていて。
俺の腕、お前のためなら貸し出し自由だから。いつでもどうぞ。





彰信前提で。修二くんの性格がえらく違います。彰くんに毒されたのかな(笑)。

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