民俗学者、一ノ宮勘太郎は語る。

なにがどうしてこんなコトになったんだか覚えてないんだケドさぁ。
どこぞの貧乏神に、「俺の女房に手ぇ出しやがって!!この三流物書き!!」とか罵られてヤなカンジだったのは記憶にあるんだよねぇ。
でも、確かに言われたんだよ。
「物書きのはしくれなら、俺を感動させるようなレンアイ小説でも書いてみせろ!」とね。

レンアイ小説って、ボクの管轄じゃナイんだけどなぁ。
でもせっかくだから、書いてみるとしますか。




インピュア ロマンス




その日は他の者は皆出かけていて、家には主である彼しか居なかった。
しかもその彼にしては珍しく、机についてせわしなくペンを走らせていたりしたのである。
しかし、すぐにその手は止まった。
「あああ〜〜ダメだぁ〜〜…」
そのまま机の上の原稿用紙をパラパラ〜っと投げ出し、机の上に突っ伏してしまう。
「やっぱり題材もナイのに小説なんて無理だよぉ〜〜」
…しかもレンアイ……勘太郎は口をへの字に曲げた。
そしてそのまま独り言は続く。
「小説となると登場人物から考えなきゃなんないしなぁ〜めんどくさいんだよね、だいたい。どっかにいいネタは転がってないかなぁ〜…」

そのとき、やかましすぎるくらい元気な声が玄関先に響いた。
「一ノ宮センセっ!今日こそは原稿いただいて帰りますよ!!」
勘太郎の編集者、レイコさんだった。
とたん、いままで沈んでいた勘太郎の目が、きらりんと光る。
「いーコト思いつ〜いたっ☆」
悪戯を考え付いた子供のように、(しかしその顔には黒い邪念が見え隠れしていたが)勘太郎は玄関先へ向かったのだった。



客間にて、机を隔てて向き合っている勘太郎とレイコ。
卓上には湯のみがふたつ、湯気をたてている。

「珍しいですね。先生が私にお茶を入れてくれるなんて。」
「いや〜あ、いつもお世話になってるしィ、このくらいはさせてくだサイよv」
「……そんなコト言って、また一枚も書いてないんですか?」

訝しげな顔でお茶をすするレイコ。

「いやいや、そーゆーワケではなくって…ちょっとレイコさんと話をしたいなぁと思ったんですよ」
言うなり、勘太郎はレイコにずいっと顔を近づける。
言葉のとおり、目と鼻の先状態。
当然レイコは驚き、紅潮した顔を勢いよく後ろに引いた。
「んなっ…なんなんですかっセンセイ!?」

しかし、当の勘太郎は聞いていないようだ。
「ねェ、レイコさん、今この家にはボクら以外誰もいないんですよね……」
「は……あ、そうみたいですね…」
「…ソレって、どういう意味だかわかります??」
勘太郎の声とは思えない、低い、男の人の声で言われてレイコは戸惑う。
気が動転していたためか、彼女は気付けなかった。
勘太郎から発せられていた、不穏な空気に。


「ねェ、レイコさん………」
今度は耳元で囁かれたためか、レイコは動けなかった。
「な…なんですか……?」
「いつも思ってたんですケドね、たまにはフリルのロングスカートとか着たらどうです?…カワイイのに勿体ないですよ…」
「なっ…ナニ言ってんですか…。」
机の上に身を乗り出し、反対側のレイコに思いっきり詰め寄ってきている勘太郎。
その拍子に湯のみが倒れて畳にお茶が滴り落ちているが、そんなことはお構いなしだ。

「……レイコさん……」
ふー…っとレイコの首筋に勘太郎の吐息がかかった。
「ッ…きゃあああ〜〜!!!」



ばっちーん!!




瞬間、乾いた音が家中に響いた。




「…センセイ、説明してもらいましょうか…??」


再び客間。
二人の間には、また新たに湯のみが置かれていた。
勘太郎は反省した様子もなく、ずずっとお茶をすすっている。
……頬が少し腫れてはいたが。


「…つまりはですね、新しい作品、考えてたんですよ。趣向を変えて恋愛モノをね。」
「…は、はぁ…そうですか。して、その内容は…?」


おずおずと尋ねるレイコに勘太郎はにやりと笑みを浮かべて、言った。


「天才モノカキと、編集者とのロマンスv」
「……えっ!??」


その言葉に、レイコはすっかり紅くなってしまっていた。
ありがちなたとえだが、それはまるで茹で上がったタコのよう。
レイコはがばっと立ち上がり、わざとらしくぱんぱんっと服のほこりを払うと、
「じょ…冗談は止めてくだサイよ、センセっ!!…きょ、今日はもう帰りますっ、さようならっ!!」


慌ててかばんをひっつかみ、逃げるように去って行った。
それを見て、勘太郎は独りごちる。
「…そりゃー…途中までは冗談だったケドさぁ…」


……最後は本気だったんだケドな。




繁華街の中心をずんずんと歩いていく女性が一人。
その落ち着かない様子が通行人の目を引いているのだが、本人は気付いていない。
…いや、むしろ気付いている余裕がないのかもしれない。



ふと、彼女はショーウインドウに映った自分の姿に目が留まった。
ほてりがひかない頬を押さえて小さくため息。
「…地味かしら…?」

でも、フリルのついたロングスカートなんて持ってナイし………。

「…明日は、ピンクのブラウスとか着て行った方がいいのかなぁ…。」





乙女なレイコさん。たまにはかんちゃん優勢で(笑)。

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