迫ってくる
月が
星が
ふたつ星
「ね、ロキくん、あれは何座?」
藍色の冬空に浮かぶ小さな光を、少女は不思議そうな顔で指差す。
尋ねられた方の少年は物憂げに、ふーっとため息をついた。
白い蒸気がほわっと浮き上がり、消えてゆく。
「あれは北極星だよ、まゆら。学校で習ったんじゃないの?」
「うーん、カシオペア座なら解るんだけどなぁ〜」
そう言うと、少女――まゆらは、手でWのような形を作ってみせる。
そして冷たい手のひらを合わせ、ふぅっと息を吹きかけると、ごしごしと擦った。
寒さで、頬も紅潮している。
そもそも、こんな寒い夜に野外で星を見ようなんて思いつく方がどうかしているとロキは思う。
しかしこの提案をしたのは、紛れも無い彼女であった。
「星を見るのにどこかいい場所知りませんか?」と能天気に尋ねる彼女に、「それならウチの屋根の上はどうでしょう?」というなんともはた迷惑な場所を薦めてくれた息子も息子だが。
出かけに、上着だけでは寒いでしょう、と闇野が渡してくれた毛布に包まり、まゆらはにっこりとほほえんだ。
「何がそんなにおかしいのさ、まゆら?」
「んーん、なんとなく。」
まゆらは空を仰ぐと、ついっと星空に手を伸ばす。
自然と前かがみの姿勢となる彼女だが、屋根は結構な傾斜があり、下手に動くと滑り落ちそうなくらいだった。
背中に翼でもない限り、転落したら到底助からないだろう。
「危ないよ、落ちたらどうすんの。」
「…ソレって、心配してくれてるのかな、ロキくん?」
「いくらまゆらでも、こんな高さから落ちたら『ミステリィ〜』じゃ済まなくなるって言ってんの!」
きょとんとした眼差しで自分の顔を覗き込んでくる無防備な彼女から、ロキは思わず、ぐっと目をそらした。
まゆらはロキの言葉を気にする風でもなく、ふふっと微笑むと再び天を仰ぐ。
ロキはそんな彼女の反応がなんだか面白くなかったが、それ以上は考えないことにして同じく天を仰いだ。
せっかく彼女が誘ってくれた星の鑑賞会だったが、都会の星はお世辞にも綺麗だとは言いがたい。
思えば神界に居た頃は、ロキは飽きもせず夜空を眺めていた。
小高い丘の木に登ると、手を伸ばせば本当に届きそうな距離に空はあった。
ここよりもずっと星達は明るかったし、
それは濁った色ではなく、とても澄んだ光。
また、のんびりとあの空を眺めることが出来るのだろうか。
……ふっと、こんなことを考える自分が可笑しくなる。
今の状態からは、とても先は見えないというのに。
くしゅん、という傍らの少女の小さなくしゃみで、ロキは現実に引き戻される。
長く風に当たっていて身体が冷えたのだろう。続けざまにもう二回くしゃみをする彼女。
「まゆらってば、風邪ひいちゃったんじゃないの?…まったく、どーしてこんな日に星を見たいなんて言い出したんだか…。」
「だって…冬の星はよく見えるんだって聞いたから、ロキくんと見たいなって思ったのっ!」
力いっぱいに言ってのけたまゆら。
その予想外だった一言は温かく、自然と彼の心の中に染み渡ってゆく。
彼女にしてみれば、なんでもない一言ではないか。
「……そんなの、理由になってナイよ……。」
少女の屈託のない笑顔につられて、不意に口元からこぼれる笑みを隠すかのように、ロキはゆっくりと俯いた。
人間界の空の下も、いいかもしれない
華楠さまのリクエストでロキまゆ小説でしたー。
どうもありがとうございました!
