星空のシンデレラ・パーティ


燕雀探偵社、そこは北欧神話のロキ神が元の姿に戻るため、日々難事件を解決する探偵として忙しく活躍している場所…のはずなのですが……


「ねーお願いだよ、ロキくんーっ」
「なんでボクがまゆらの学校のダンスパーティに行かないといけないのさ?」

 そこでは少女と、この館の主である少年の口論が繰り広げられていた。
「だって私、上手に踊れないからね、見学してようと思ったんだケド…みんなダンス、上手いんだもの…でね、ひとりでいるのっていやじゃない?学校関係の偉い人も来るって言ってたし…。」
 まゆらはしどろもどろにその理由を話した。
その瞳は、切なげに揺れている。
「……しょうがないなぁ。」
「一緒に行ってくれる?やったぁ!ソレじゃ、きょうの午後6時に迎えに来るから!」
 まゆらはロキが返事をするや否や、コレだけ言い残すと慌しく探偵社から立ち去った。
残されたロキは、いつもながらのため息をつく。
「はぁ〜…ボクも甘くなったもんだなぁ…。」








 午後6時、西の空がかすかに赤く色づいた頃、ロキの元にまゆらがやってきた。
その姿はいつもの制服ではなく、膝よりも少し丈の短いドレスにシンプルなデザインの靴、そして髪には大きなリボンという格好だ。
全体が白一色で整えられている。
「おまたせ、ロキくん。ソレじゃいこっか!」
 闇野に見送られて、ふたりは並んで探偵社の門を出る。
「…ふーん、ちゃんとしてればまゆらもいいんじゃないのー…」
「へへ、そっかなぁ〜。ロキくんもその服似合ってるよ。闇野さんのコーディネイト?」
「まぁね、パーティには真っ白い服が似合うだとかって…ヤミノくんお手製。」
「へぇ〜、闇野さんの……。」
 まゆらは感心したようにロキの格好を見、そして微笑んだ。
「なんか今日の私とロキくん、お揃いみたいだねぇ〜!」
「色がいっしょなだけじゃお揃いって言わないんじゃないの、まゆら?」
「そっかなぁ…まぁいいじゃない、お揃いってコトで、ね?」
「……はいはい……」
 ロキは呆れたようにこう答えたが、決して嫌なわけではなかった。






一見普通の学校だが、この中のどこにダンスが出来るくらいのホールがあるのだろう。
まゆらの案内で校舎内にあるホールの前の辿り着いたロキは、廊下のある古めかしい大きな柱時計の横に立つ。
まゆらは誰かを捜しているのか、きょろきょろと辺りを見回していた。
「おかしいなぁ…パパにはここで待っててって言ったのに…。」
「あれ、まゆらパパ来るの?」
「うん。昨日はあんなに嫌がってたのに、私がロキくんと一緒に行くって言ったら急に『わしも行く!』とか言い出して…。」
「ふーん…」
 ロキは楽しそうに笑った。
(まゆらパパも大変だねぇ〜)
「私、ちょっと別の場所も捜してくるね。ロキくんはここで待ってて。
 パーティの始まる7時半までには帰ってくるから!」
「はいはーい…。」
 ひらひらと手を振って、ロキはまゆらの後姿を見送った。
(さーってと…ボクは可愛い女の子でも捜そーかなぁ…)
 思わずこんなコトを考えてしまうくらいに、ホールの前の廊下には生徒やその保護者らしい人でいっぱいだった。皆、慌しくロキの前を通り過ぎていく。  
そんな中、ひとりの女性が彼の目の前で立ち止まった。
ロキはその姿を見、はっと目を見開く。
「…ヴェルダンディー…!?」
 腰まで届くくらいの長い黒髪、膝上のタイトスカートにネクタイ。
それは紛れも無い、運命の女神ノルン三姉妹の次女、ヴェルダンディー本人であった。
「お久しぶりです、ロキ様…」
 彼女は恭しく頭を下げる。
ロキは、また何か良くない事が起こったのでは、とヴェルダンディーを睨んだ。
「…なんでこんなところに……。」
「まあまあ、ココではなんですので……」
 そう言うと、彼女はロキを人気のない裏庭の方へ連れて行ったのであった。







 人っ子一人居ない裏庭。そこへロキを案内したヴェルダンディーは、おもむろに口を開いた。
「…ロキ様、ダンスお上手でしたよね…?」
「なんだよ、唐突に…」
 あまりにも不躾な質問に、ロキは怪訝そうな顔をした。
ヴェルダンディーはさらりと答える。
「実はですね、ロキ様の大人なお姿をスクルドがどうしても見たいと言って…」
「…はぁ、それで…?」
「ソレはだめ、と言ったら駄々をこね始めまして…写真でもいい、なんて言い出して…」
「だからなんなのさ……」
「……ですから……」
 ヴェルダンディーはロキの手を握り、目を閉じた。
その途端、ロキの姿が神界で暮らしていた頃の姿に変わった。
あまりの急な出来事に、ロキは驚いたように叫ぶ。
「…んなっ…何のつもりだ…!?」
「ですから、今日のよき日にスクルドへの写真を撮って帰ろうと思いまして。」
「…ふぅん、そんなコトのためだけに、するような行動じゃナイよねぇ…?」
 ロキは訝しげに彼女を睨む。
邪神ロキの鋭い眼差しに負けず、彼女は小さく笑みを浮かべ、言った。
「これは必然、ロキ様が今日此処へ来られたのもすなわち……」
「…どういうことだ…」
 真剣な表情になったロキとは対照的に、ヴェルダンディーの顔はぴかっと明るくなる。
「つまり、今日はお楽しみくださいというコトなのですよv」
「はぁ〜…??」
 相変わらず、ノルンの言うことはワケが解らない。
「あ、その魔法は今夜8時までしか効力はありませんので、お気をつけください。」
「え……?」
「大丈夫です、服装も身体のサイズに合わせて戻りますから。」
「そういえば、この服大きくなってる…」
「魔法の効力ですよ。…あらロキ様リボンが曲がって…はい、これでいいですね。」
 ヴェルダンディーはロキの胸のリボンを結びなおすと一礼し、いそいそと帰っていってしまった
「あれ…写真撮るんじゃなかったのかな。勝手だよな、まったく…」
 畳み掛けるように一気に言い立てられ、ロキはすっかり彼女のペースにはまっていたなぁと思う。
ふぅ、とため息をついたそのとき、ホールの方からワルツの音楽が流れてきた。
「……しまった、まゆらっ!」
 ロキは慌ててホールへ走った。







 ホールの前。大きな柱時計の横に彼女はいた。
「もう、ロキくんってばどこ行っちゃったのかなぁ?パパも見つからないし…」
 ひとりごちているところに、ようやくロキは到着した。
しかしその姿は、まゆらの知っているロキではない。
「…あのー……」
 ロキはおずおずと話しかける。
(まゆら、怒ってるかな…)
「…えっ、あ、はいっ、何ですか??」
 まゆらの方は、いきなり格好のいい男性に話しかけられたので、戸惑いを隠せない様子だ。
「えっと……。」
 俯き加減になり、口ごもるロキ。話しかけたのはいいが、この姿では……。
「……?」
「…その…ボクと踊っていただけませんか?」
(コレは失敗だったかな…まゆら踊れないって言ってたし…。)
 ちらっと彼女の方を見やると、案の定困った顔をしている。
どうしよう…という感じだ。
「あ…ダメならいいんだケド…」
「…いえっ、喜んで!」
 予想外の答えだった。そしてまゆらは付け足して言った。
「あの、でも私、すごく下手なんです。…ソレでも…」
 その言葉に、ロキは笑顔で答える。とびきりの笑顔で。
「構わないよ。よければダンス、教えてあげようか?」
「……はいっ!」



 ふたりで腕を組み、ダンスホールの中へ入る。
ロキとまゆらのカップルは、人々の視線を釘付けにした。

 確かにまゆらのダンスはお世辞にも上手いとは言えなかった。しかし踊り続けていれば、それもだんだんと形を成してくる。
ロキはまゆらに言った。
「上手い、上手い。キミ、上達早いじゃない。」
「そうですか?嬉しい!」
 まゆらは真っ赤になり、俯く。ロキはくすっと笑った。
ターンをする度に、まゆらの髪のリボンがさらりと揺れる。
ゆるやかに流れてゆくメロディー。泡いライトの下のふたり。
(このまま時間が止まってしまえばいいのに……)
 こんな思惑がロキの頭にちらりと過ぎったそのとき、はっと彼の心臓がは高鳴った。
(時間……今何時だ…??)
 ドクン、と一層強くなる心音。息が詰まる。なんだか身体の様子がおかしい………
額から、たらりと冷たい汗が流れた。
(やばいッ……)
 ロキの苦しそうな表情に気がついたまゆらは、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「どうかしたんですか?…なんか顔色が……」
「い、いや…あの……」
 早く彼女の前から離れないと…戻ってしまう………子供に。
(まゆら、ごめん……っ)
 ロキはまゆらの手を振り解くと、出口へ向かって駆け出した。
「……あ、待ってっ…!」
 背中でまゆらの叫び声が聞こえた。
しかし、ロキは振り返ることが出来なかった。







「……待って!」
 まゆらは走り去る青年を急いで追った。ホールの扉に吸い込まれるように見えなくなった彼。
人ごみをかきわけ、彼女も続いて扉を出る。
しかし、その姿はどこにもなかった。
あの眩いほどの金の髪に、それが映える純白のスーツ。
どこか別の世界から現れたかのようなあの姿を、忘れることは容易でないだろう。
まだはっきりとしない頭に、ゴーンゴーンと鐘が鳴り響いた。
「…8時……」
 まゆらは小さく呟く。それは柱時計が時間を告げる音だったのだ。
ふと足元を見やると、白いリボンが落ちている。
ずっと近い位置から見ていた、見覚えのあるリボン…。
「コレって、あの人がつけてた……。」
 そっと屈んでそれを拾うと、まゆらはふっと微笑んだ。
(…名前、聞いとけばよかったな…)







「なにしてんのまゆら、こんなトコで。」
 間一髪のところで元に戻ったロキは、白々しくしく尋ねた。
さも、今たまたまここを通りがかったかの如くに。
「もぉ〜、ロキくんこそドコに行ってたのォ〜?」
 ソレを言われると、ちょっと辛い。
「…いや、ちょっとね…。」
「ふぅーん…あれ、胸のリボンはどうしたの?なくなってるじゃない。」
「えーっと…その…ねぇ…」
(…まゆらが持ってるヤツ、とは言えない…)
 まゆらはそんなロキの様子を見ながら暫く何か考えていたが、
「しょうがないわねぇ…代わりにコレをつけてあげる。」
と言うと、自分の髪にくくっていた大きなリボンを外し、ロキに巻いた。
「……え?」
「うーん、ちょっと大きいかなぁ??でも似合ってるよ。」
 まゆらの屈託のない笑顔に、赤面して顔をそむけるロキ。
「…いいんだケド…そっちのリボンはどうしたの?」
「ああ、コレね…落し物。不思議な人の。」
 まゆらはじっと、リボンを見つめて呟いた。
「……ふーん……」
 ロキの心中は複雑だった。

そんな彼の思いを解くかのように、まゆらは明るい声をかける。
「ロキくん、そろそろ帰ろっか!」
「え、まゆら片付けとかあるんじゃ……。」
「いーのいーの、いこっ!」
 まゆらに押され、ロキは外に出た。




「わー星がいっぱーい!ね、ロキくん、私とダンス、踊ろっか?」
 ご機嫌なまゆらに、ちょっと意地悪を言ってみるロキ。
「あれぇ、まゆら、踊れないんじゃなかったの?」
「さっきまではね、だけど教えてもらったの。今日逢った不思議な人に!」
 まゆらは楽しげにスキップをしている。ロキはその後を歩いてついていく。
ふと、ロキの前を行く彼女の足が止まった。
「……あのね、ちょっとだけね…」
「…ん…?」
 まゆらはターンをして、ロキの方に向き直った。
「……なんだか、ロキくんに似てたよ……。」
 まゆらはにっこりと笑うと、踊ろ!とロキの手をとり、くるくると回る。
振り回されている形のロキは嫌そうな顔をしつつも、その心は穏やかだった。
(……まぁ、こんなのもいいんじゃないの?)





 星空の下で踊るふたり。


その背中にはまるで、羽根がはえたかのような……。





『今宵のダンスパーティはいかがでしたか、ロキ様?』






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