ひとことだけで、しあわせ。




春かもしれない。




 がやがや、がやがや。
休み時間の教室は騒がしい。じゃれ合い、ふざけ合う生徒たち、雑誌を見て談笑する生徒たち。
そんな雰囲気の中、一風変わった男女がいた。少女――小谷信子はいつものように自分の席について俯いており、少年――草野彰は彼女の前の席を陣取り、身体ごとぐるりと後ろを向いてそんな彼女の顔をじいっとのぞき込んでいる。チャイムが鳴るなり信子の前に来たかと思えば何をするでもなく今の体勢を保っている相変わらずわけの解らない男、草野彰。ちなみに休み時間が始まってから、もう5分ほど過ぎている。
「…あの、な、なに……」
「ん〜?別に何でもない〜っちゃ。」
 じっと自分の顔を見たまま何も言葉を発しない彰を訝しんでいた信子は、勇気を出して彼に問うてみる。しかし、いつものように軽い口調でさら〜っと流された。
「…じゃあどうして私の顔……」
 じっと見てるの、と尋ねたつもりだった。最後の部分はあまりに声が小さく聞こえなかったかもしれないが、少年にはそのニュアンスが通じたらしい。オーバーなくらい大きく身体を反らし、腕組みをして考えているポーズを取る。少しの時間「んん〜っ……」と唸り、そして出た結論。
「……野ブタが可愛いから?」
「嘘。」
「ウソじゃないな〜い。可愛い可愛い、野ブタは可愛い〜☆」
 そんなことを言いながら、草野彰はぐりぐりと頭をなでてくる。しかし信子は信じられなかった。今まで散々ブスだの何だのと言われ続けてきた身である。桐谷修二と一緒になって自分をプロデュースしてくれている仲間の言葉。しかしこんなに唐突に言われたら真実味のかけらもない。何より、今の自分は綺麗な服は着ていないし、化粧もしていないし。まるっきり、いじめられっ子・小谷信子のままなのだ。
「……無理に…言ってくれなくてもいい。」
「あららら〜、ホントのコトなんだけど〜〜?」
「………。」
 がやがや、がやがや。笑い声が、話声が、耳に届いた。


――――そんな気休め、いらない。
 信子はぎゅっと口を一文字に結び、机の一点をにらむ。彰はそんな彼女をしげしげと眺めていたが、やがてゆっくりと信子の視界に入り込んできた。
「もしかしてまだ、ウソ〜〜って思ってるんですかぁ〜?」
「………」
「だ〜、か〜、ら〜、ウソじゃないっちゃ!だって俺、野ブタのこと好きよ〜ん?」


………すき?
 その言葉を聞いた瞬間、信子の瞳は大きく見開かれた。
いじめられっ子の自分。
誰も見てくれないような、誰も気づいてくれないような自分。
それが寂しくて、悲しくて。でも今まで声に出せなかった。本当に、どうしようもない自分。
 そんな私を、好きだと言ってくれる人がいるなんて。


「……あ、ありがとう……」
 一言呟くと、信子は縮こめていた身体を更に丸めてしまった。彰は紡ぎ出された小さな言葉を聞き取ることができなかったらしく、手を耳に当ててもう一度、もう一度、と促してくる。結局彼女の口から同じ言葉を聞くことはできなかったけれど、わずかに染まった信子の顔を確認できた彼は、満足げな笑みを浮かべた。


******


 きーんこーんかーんこーん。
 始業のチャイムが鳴り、がたがたと席に戻る生徒たち。彰もそれに混じった。
自分の椅子に座り、頬杖をついて天を仰ぐ。
「……さっきの、俺的には愛のこ・く・は・くvのつもりだったのよね〜。でも通じてなかったね〜。コンコン☆」
 彼は手で作ったキツネと一緒にもう一度、「こ・く・は・く」と呟き、にゃははは〜と笑った。





彰くんの口調は難しいなあ…

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