薄暗い寝室。がたがたと揺れる窓、打ちつける雨。
そんな中、隣から聞こえてくるのは、規則正しい呼吸音。そんな安らかな寝息とは裏腹に、自分の心臓は外と同じくらいうるさく音を立てている。はぁ、と思わず漏れるため息……いけないいけない、この状況では、意識していないと思考がとんでもない方向に傾いてしまう。

落ち着いて考えてみよう。
どうして、こんなことになったのか。




能天気な眠り姫、邪神様の憂鬱




 その日は、朝から雨が続いていた。風も強く、庭の木々も激しく揺れ動いていたように思う。台風が近づいていてきているのだと、ニュースでも言っていた。
 「今日はまゆらさん、来ないかもしれないですねー」
 ボクはクッキーをかじりながら、息子の何気ない言葉に「そうだね」と相槌をうつ。台風の日に探偵社までくる依頼人も珍しいだろう。そんな大きな事件は、そうそう転がっているものではないし。もちろん、彼女だってそのくらいは理解しているはず。
だが、そんなボクの思惑は見事にはずれた。
 「こんにちはぁ〜。ああ、すごい雨だった〜」
 思わず、ティーカップを落としそうになった。玄関先から聞こえてきた声に耳を疑う。まさかまさかのそのまさか。こんな天気の日でも、あの天真爛漫な彼女はミステリー探しを怠らないらしい。その根性は見上げたものだと評価する。でも、後先考えずに飛び込んでくるのはよくないと思うよ。
 かちゃりと扉を開けて入ってきた彼女は、あられもない姿だった。長い髪の毛から滴り落ちる水は、風雨の強さを物語っている。靴の中までびしょびしょだよ〜と言って笑う彼女は、それこそ水の滴るなんとやら。しかし今は見惚れている場合ではないと、我に返ってつっこむ。いやいやそこは足元を気にするところじゃないだろ、それよりも、水に濡れて透けたその服をどうにかしてくれ。目のやり場に困るではないか。
 「こんにちはまゆらさん。おやおや派手に濡れましたね〜。お風呂の準備、できてますよ」
 息子がタオルを手に、彼女を浴室に促す。ナイスタイミング、と心の中で親指を立てずには入られない。二人が出て行き、ほっと一息つく。ふと、ここで小さな疑問が浮かび上がった。なぜ風呂の準備ができていたのか。ボクもヤミノくんも、こんな時間に入ることはないのに。
 まさかという思いを抱きつつも、考えすぎだろうと思い直す。しかししばらくして――彼女が出てきた途端、この思惑も見事に外れてしまうのだった。
 「ロキくん、お風呂ありがとうでしたぁ〜。はぁ〜、さっぱりした〜」
 出てきた彼女の姿をみて、ぎょっとする。胸元の大きく開いたYシャツ、ぶかぶかの袖がなんとも言えない。その上丈が長いため殿部までしっかり隠れている。……って。
 「ソレ、ヤミノくんが用意したの?」
 「うん。私の服が乾くまで貸してくれるって」
 上のシャツは恐らくヤミノくんの私物だろう……が。
 「その下に履いているのは……」
 「ああ、ロキくんのズボン借りたの。ヤミノさんのズボンは大きいだろうからって」
 だからって、ボクのは小さすぎ……まあ、何も履かないよりはマシだろうけどさ。ああ、扉の影でヤミノくんがガッツポーズをしている姿が小さく見える。何もそこまで狙うことはないだろう、息子よ。キミはいったい何を考えているんだい。
 「……スピカの着てた服があるだろうから、ヤミノくんに出してもらって」
 「え?あ、うん。」
 ボクが静かに告げると、まゆらは素直に奥の部屋へ歩いていった。後に彼女とやってきた息子の不服そうな顔といったら。(キャラ変わってるよ……父は行く末が心配だ)
 そこですぐに彼女を家に帰せばよかったのかもしれない。でも、服はまだ乾いていないし、この雨の中、せっかく来た彼女を追い帰すことができるほど、ボクは薄情じゃない。いつものように晩御飯まで食べさせたら、家に帰そうと思った。今考えれば、台風の速さと威力を軽視しすぎていたんだ。
 「見て見て、台風、関東地方直撃だって」
 まゆらは能天気にテレビを指差す。(テレビ……いつの頃からリビングに置かれていたのか記憶にないが)指し示された先には、中継画面が映し出されていた。キャスターの持つ透明のビニール傘は、今にも飛びそうだ。
 「外に出るのはお控えください……だって。どうしよう、ロキくん?」
 どうしようって、そりゃあ、ねぇ……
 「………泊まっていきなよ」

 ……ボクがこう告げたとき、柱の影からきらりと光る四つの眼が見えたのは、気のせいではない、だろう。



 考え直して明らかになったこと――そうか、事の発端はボクがまいた種だったのか……しかし、そう言い切ってしまうのはあまりに自虐的ではないかと思うんだけど。寝室を一緒にされたのは息子たちの気回し(?)だしさ。まあ、まゆらはベッドに入ったらすぐに寝入ってしまう性質だから、そんな気を利かされても。
 そう考えると、背中に感じる彼女の体温に先ほどまでどきどきしていた自分がバカみたいに思えた。だからといって、急に動悸が治まるわけではないけれど。据え膳食わぬは……って、食えるわけナイでしょ、この色気のない状況じゃあ。
 ふぅ、とため息をつくと、不意にごそごそと彼女が身じろぎをした。しまった、起こしちゃったか……思わず身を硬くする。しかし、寝返りをうっただけらしい。再び聞こえてくる安らかな寝息。
 先ほどまで背中合わせに寝ていたが、今は彼女がボクの方を向いている状態になっているらしい。ボクは相変わらず壁の方を向き、息を潜めている。首にときどき、ふっと彼女の寝息がかかって、蛇の生殺し状態だ。ああ、ベッドは広いんだから、こんなにくっつくことはないのになぁ。
 「うぅ……ん、ろきくー…ん」
 妙にかすれた声で呼ばれ、どきりとする。なんだ、寝言か。一体どんな夢を見ているんだよ。思わず、聞き耳を立ててしまう。しかし、その次に聞こえてきたのは、「み、みすてりぃ〜……」

 ……いいんだ、期待なんかしてなかったさ。
 自分ばかりどきどきしているなんて不公平だ。ボクは意を決して、ごろん、と寝返りをうって彼女のほうを向く。思ったより顔が近くて、しまった…逆効果。しかしここで負けるわけにはいかない。仮にもボクは、神界ではプレイボーイと呼ばれた邪神だったんだから。
 瞳を閉じる。胸を落ち着かせて、また開く。目の前には彼女の長いまつげ。さくらんぼのような唇。暗闇で見る顔は、昼間とはまた違った雰囲気だった。こうしていれば、美少女なんだけどねぇ……さっきの寝言はマイナスだよ。
 整った鼻をふにっとつまむ。わずかに、形のいい眉が歪んだ。
その顔を見て、不意に笑みがこぼれる。まったく、人の気も知らないで。
 「…だいたいキミは、ボクの心臓にどのくらいの影響を及ぼしているのか解っているの?」
耳元でささやくけど、彼女はうんともすんとも言わない。
髪の毛をそっと払って、触れる。やわらかい頬。
調子に乗って、ボクはくちづけを落とす。
 「責任、とってもらわなきゃ、ね。」
動悸、息切れ、その他症状。残念ながら、今も進行中だよ。キミのせいで。


 「大丈夫、優しく愛してあげるから。」





てるてる坊主さまリクエスト、甘々ロキまゆ小説でした〜。
……甘々……じゃ、ないですねorz
どうもありがとうございました!

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