ファースト・コンタクト




 そう、事の発端は、フレイの発明のせいだったと思う。
その真意は明確ではないけれど、この状況は紛れも無い現実。
塗装されていない地面に目を落とし、ボクははぁっとため息をついた。
地面だけではない。やけに周りの草は生い茂っているし、大きな石もごろごろ転がっている。まるで国土交通省は関与してませんという感じだ。
「ここ、どこだよ…」
 確かフレイは変な形の(見た目スリッパのようだった)ライトを持って、「時代をも超える能力を持つ…これぞエレキテルだぁー!」とのたまっていたような気がする。その光を浴びたボクは、こんなどこかも解らない場所に飛ばされてしまったというワケだ。
ソレに、光を浴びたのはボクだけじゃなかったはず。
「目がくらんだとき、確かにまゆらの呼ぶ声が聞こえたんだよね、「ロキくん」って。
途中まで腕を掴まれてたハズだったんだケド…」
 意識がまさに飛ばんとしていたときに差し出された右手。その手は自分の腕を強く握っていた…はずだった。
さっきまでは。
その感覚を思い出すかのように、ボクはぎゅっと左腕に力を入れる。


 途方にくれていると、遠くから人がやってくるのが見えた。
肩の辺りで切りそろえられた髪を揺らし、手には大きな風呂敷包みを抱えた女の子。
最近ではなかなか目にしなくなったが、大和撫子よろしくきちんと着物を着こなしている。
物珍しさもあったのだろう。無意識に、ボクはその少女にじっと見入っていた。
視線に気づいたらしい。「え」と小さく声を漏らし、少女はボクに目を向ける。
 そして、かちりと目が合った。
「どうしたの、迷子?」
 にっこり笑って声をかけてくれた彼女。最初の一言がコレとは……
確かに今の姿は、自分でも普通の小学生にしか見えない。しかし、これでも神界ではプレイボーイと称されるくらいの美貌を持った邪神であったというのに。
喉元まで出かけた文句を飲み込み、ボクは笑顔を返す。
「あ、はぁ…実はここがどこだか解らなくなっちゃって…一緒にいたはずの連れもいなくなっちゃったし…」
 歯切れ悪く答える。少女は少し考えた様子だったが、すぐに笑みを作り、
「そっか。うーん、ここじゃなんだし、勘ちゃんたちにも相談してみよう!」
うちにおいでよ、と促されるままに、ボクはその場をあとにしたのだった。


◇◆◇


「…で、ヨーコちゃん、そのコを拾ってきちゃったワケだ。」
「拾っただなんて…困ってるみたいだったから連れてきただけよ。あのね、一緒にいた子とはぐれちゃったんだって。」
 少女は懸命に説明をしてくれている横で、この家の主らしい青年(…だと思う)は、ぷかぷかとキセルを吹かしながら、怪訝そうな目でボクをみた。
あはは、と愛想笑いを浮かべてみる。
青年はふぅっと一息つくと、ボクの笑顔につられたようににっこり笑ってみせた。
「ねェ、キミ、この時代の人じゃナイみたいだね?どこからきたの?」
 がーん、と頭を殴られたような感覚。どうやら彼にはバレていたらしい。
自分が今しがた体験した、俗に言うタイムスリップというらしいもの。
「……もしかしたらと思ってたケド、やっぱりココは現代ではないのか……」
「やっぱりって…え、ホントにこの時代の人じゃナイの!?」
 驚いたように飛び上がる青年。先ほどの一言はハッタリだったらしい。
呆れたような、ほっとしたような。
「うーん、普通なら一銭にもならない問題には関わらないようにしてるんだケド、なんだか面白そうだし。キミ、どっかボクに似てるし…詳しく事情を聞かせてくれたら出来る限りのコトはするよv」
 さっきまでの重苦しい雰囲気は嘘のように、彼はにこにこと少年のような笑みを浮かべて言ったのだった。




 少女――ヨーコの入れるお茶は美味しかった。
多少の薄さは気になるケド、そこも生活の知恵でカバーしているらしいよ、と青年――勘太郎がこそりとボクに耳打ちをしてくる。
「……で、キミがココではぐれた女の子ってどんなコなの?」
「えっと…髪の毛は腰くらい、セーラー服に赤いリボンで、いつも能天気に笑ってて……」
 ボクの頭の中に、まゆらの姿が鮮明に浮かぶ。
長い髪の毛を翻し、スカートの裾をふわっと払うと、こちらに無邪気な笑顔を向ける。
常ににこにこしていて、悪く言えば悩みがあるんだかないんだか解らないといった顔。
……まぁ、そこに救われてる部分もあるんだケド。
「…っと、こんなカンジ?」
 勘太郎が製作してくれた絵は、当たらずとも遠からずという感じだった。
どこか、ボクの頭の中の彼女とは違う。
「そりゃそーだ、本物と比べたらダメだよ〜。」
そう言って彼はカラカラ笑っているが、それでは似顔絵の意味がないのではないか。




 ガラガラ、と玄関を開ける音が聞こえる。
ヨーコが何やら受け答えをしている様子だ。
そのやり取りを聞いていた勘太郎は、不意に腰を浮かせた。
「ヨーコちゃんが今話してるあのお客さん、もしかしたら……」


もしかしたら。


勘太郎の後を追い、ボクも玄関へと向かう。


もしかしたら。



「あの、ここに男の子来ませんでしたか?このくらいの背で、髪は茶色で、胸に大きなリボンを巻いてて……」
 腰の辺りまで伸びた、長い髪。
そして、セーラー服に赤いリボン。





「…まゆらだ。」
 玄関に辿り着く前、廊下の柱の影から見えた姿は、紛れもない彼女だった。
本当ならすぐ出て行って、「ボクはここだよ。」って、言うハズだった。




でも……―――。


「あんな泣きそうな顔、見たコトない。」
「…だろうね。アレは、大事なものを取り戻そうと必死になってるときの人間の顔だもの。」


 いつも能天気に笑って、ちょっと皮肉を言うとむくれて。
くるくる変わる彼女の顔は全部、知っているつもりだった…のに。



 前に自分が失踪したとき一度だけ見た顔とは、また違っていた。
目の前に見える彼女は今にも泣き出しそうで。
必死に手を差し出しているのに、何も掴めるものが無いような。
崩れ落ちてしまいそうなくらいに、弱く。



 ボクの後ろの彼はそのとき、一体どんな顔をしていたのだろう。
気付けば、ボクはまゆらに向かって一気に駆け出していた。

 近づくにつれ、大きくなってゆく彼女の瞳。
そこから溢れる、なみだ。
突然飛び出したボクに驚いたような顔を向けたヨーコ。その横をすり抜け、ボクは彼女に駆け寄る。
「もうっ…こんなトコにいたの、ロキくんっ?心配したんだから…」
「ソレはこっちの台詞だよ………」
 ぎゅっと彼女に抱きつくと、彼女もボクの背に腕を回して、そしてわんわん泣いた。




 この光景を目の当たりにし、ヨーコはぐすぐすと涙をぬぐう。
「あの二人…逢えてよかったね、勘ちゃん。」
「そーだね…あ、そろそろお別れみたいだよ?」
 今逢ったばかりなのにお別れ?と疑問の色を見せるヨーコ。
ふと二人の方を見ると、その辺りが薄くぼやけてきているのが解った。
「か、勘ちゃんっ…二人がっ…!」
「うん、多分、元の世界に帰るんじゃないかな?」
「そんな飄々とすごいことあるワケ……」
 ヨーコが勘太郎にツッコもうとした瞬間、ロキとまゆらから光があふれ、そして何も見えなくなった。




フレイの道具、『これでアナタもタイムスリッパー』は、時間が経つと元の時代に帰れるものだったらしい。
「ロキ様とまゆらさんが消えましたー」と慌てた闇野が呼び出した面々の前に、ぎゅっと固く抱き合った彼らが姿を現すのは、そう遠くないだろう。





ロキタクごちゃまぜ最後はロキまゆ風味小説でした。
どうもありがとうございました!

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