Angel Song

「あ〜あ・・・」


日も暮れ始めたある日、鳴神はひとり、家への帰途についていた。
思わず溜息が出る。
それというのも、彼はまたバイトが首になったからだった。

「おっかし〜よなぁ〜、あんなに 一生懸命やってたのに・・・」

その一生懸命さが行き過ぎてしまって 解雇されたのだが、
そんなことには全く気づいていない彼は、一体なにがいけなかったんだろう・・・と首を傾げている。
もともとは 何事にも屈しない性格の彼だが、人間界に落とされてから こう何度も「クビ!」なんて言われていたら、さすがにちょっとヘコむだろう。

「あ〜・・・今ごろ神界ではど〜してっかなぁ〜・・・」

順応しやすく、どこでも上手くやってきていた鳴神は、これまでホームシックなどという言葉とは無縁の存在だった。 しかし今、珍しく遠い故郷を思い出してあれこれ考えている姿は まさに、ホームシックそのものである。

「・・・バイトも入ってなくて暇だし・・・ロキんちにでも行くか。」




燕雀探偵社のドアを開けた鳴神を出迎えたのは、ロキの鋭い眼差し。
あまりの迫力に、鳴神は思わず息を呑んでしまった。

「・・・なんだ、ナルカミくんかぁ・・・」

相手が鳴神だと知るや否や、ロキは立ち上がろうと浮かせていた腰を椅子に落ち着ける。

「ど・・・ど〜したよ、ロキ・・・?」

恐る恐る聞いてみると、ロキはポーカーフェイスのまま答えた。

「たいしたコトじゃないんだけどさ、最近まゆらがうちに来ないんだよね。
だから、どーしたのかと思ってさ・・・・・・」
「ふぅぅ〜〜ん、そぉなのかぁ〜〜〜」


ロキは落ち着いているように振舞ってはいるが、十分焦っていることは鳴神でも解る。
からかいのネタに使えそうだなぁ、と思った鳴神は、意味深な口調で相槌をうった。
そんな彼を不快な瞳で見ているロキ。

「・・・とにかく、明日 学校でまゆらに会ったら、ソレとなく聞いてみてよ。」
「え〜・・・たいしたコトないんじゃなかったのかぁ??」

鳴神は余裕ぶっているロキがおかしくて、さらにたたみかけるように言った。
すると、ロキは深々と椅子に座り、足を組みなおす。反撃開始だ。

「ナルカミくん・・・キミはいつからボクにそんな口がきけるようになったワケ?
毎晩ウチにご飯を集りにきてるのは、どこの誰だっけ〜〜??」

ぐ・・・と鳴神はつまる。
ソレを言われてはおしまいだった。事実、今日も夕飯をごちそうになりにきているのだ。
下手なことは言えない。



・・・・・・・あ〜あ、人間界に来てからいいコトないなぁ・・・・・・・・


バイトをくびにされ、ロキをからかうコトもできない鳴神は、はぁ〜あ、と 疲れた溜息をついたのだった。




次の日 学校に着いた鳴神は、早速ロキからの頼まれごとを済ますべく まゆらを探した。
教室を見渡すが、彼女の姿は見えない。
まだ、昇降口にいるのかもしれない。
こう思った鳴神は、教室から廊下へ出た。

「・・・・・・どこにいるんだよ??」


よく考えるとおかしいのだ。
ロキは最近まゆらが来ないと言っていたが、鳴神が見ている限りでは 彼女はいつも通りに帰っていたし、なにもおかしいところはなかった。
寧ろ、いつもより急いで教室から出て行っていたようだったし。


そんなことを考えているうちに、いつの間にか音楽室の前に来ていた。
部屋の中からは、小さく歌声が聞こえてくる。
「なんだ・・・?」

不思議に心地よい歌・・・・・・鳴神は思わず足を止めた。

「・・・この感覚・・・どこかで・・・・・・」


聴いているうちに、日頃の疲れが癒されていくような・・・・・・・・・・・


そのまま鳴神は目を閉じ、聴き入ってしまっていた。




「あれ〜〜〜鳴神くんじゃない、こんなところでど〜したの??」
「ありゃ・・・大堂寺??いつの間に・・・・・・」

気が付くと 歌声は止んでいて、彼の後ろにはまゆらが立っていた。
彼女の片手には、何冊かの本が抱えられている。

「めずらしいね〜鳴神くんが音楽室に用事なんて。」
「・・・いや、そっか〜??俺、結構 歌とかスキなんだけどなぁ〜〜」

本当はロキからの伝言を言わなければいけなかったのだが、
まゆらが来なくてロキが淋しがっている、なんて伝えたら もうご飯にありつけなくなってしまうかもしれないので、滅多なコトは言えない鳴神であった。
適当にごまかしてみたのだが、まゆらは疑うこともなく。

「へぇ〜そ〜なんだぁ〜、ソレじゃ 今度なにか歌ってね〜」
「あ・・・ああ、そうだなぁー・・・」


なかなかまゆらに話を切り出せずに世間話をしているうちにチャイムが鳴ってしまい、
結局 放課後になってしまった。

(なにも分からなかったのに、ただ飯を食いに行くわけにも・・・なぁ・・・?)

まったく、貧乏はイヤだぜ・・・とぼやきながら 鳴神はまゆらを探す。
クラスメイトの話によれば、まゆらは音楽室に行ったということだった。

(・・・音楽室といえば・・・・・・)

鳴神の頭に、朝聴いた歌声がよみがえってくる。

「出来るコトなら もう一度聴きたいもんだぜ・・・」

天が願いを聞き届けたのか、聴こえてきたのだ。あの歌声が。
鳴神は声の方に急いだ。
誰が歌っているのだろう・・・半開きになっていた音楽室の扉から、そっと覗いてみる。

瞬間、彼は目を疑った。


(・・・!!・・・うそだろ・・・?)


中で歌っていたのは、まゆらだったのだ。

「大堂寺が、あの歌を・・・??」

ココロに語りかけてくるようなバラード。
いつもの彼女の様子からしてみれば、信じられなかった。
歌い終わったまゆらは、覗いている鳴神に気が付いたらしい。
少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。

「鳴神くん・・・ど〜したの?」
「いや・・・大堂寺捜してて・・・そしたらここにいるって聞いたからさ・・・」

思わず、慌ててしまう鳴神であった。

「・・・覗くつもりはなかったんだ・・・ごめんな。」
「ううん!気にしてない、気にしてないv」

まゆらは能天気に笑ってみせる。
その様子に、ほっとする鳴神。

「よかったぁ〜。ところで、大堂寺って歌 上手いんだな。コンクールにでも出るのか?」
「ううん、そんなんじゃないの。」

まゆらは、手元の楽譜に目を落とす。

「この歌ね、闇野さんが歌ってたの。」
「メガネが?」

うん、と まゆらは頷いた。

「鼻歌だったんだケドね、素敵な歌ですねって言ったら、ロキさまのお気に入りの歌なんですよって教えてくれたの。」
「ふ〜ん、ロキのねぇ〜・・・」
「でも 闇野さんは歌詞を知らなくて・・・残念だなぁ〜って思ってたの。そしたらこの前 偶然楽譜を見つけてね、こっそり練習してたの。」

外国の歌なのね〜難しかったぁ〜、と まゆらは笑った。

「・・・それで、ここんとこロキのとこに行ってなかったのか。」
「うん。・・・あれぇ、もしかしてロキくん、淋しがってた??」

まゆらがあまりに嬉しそうに聞いてくるので、思わず
「おお!そりゃ〜もう!!」
と答えてしまった鳴神であった。

「ソレじゃ、今日は行かなきゃね♪」

帰り支度を始めるまゆら。
しかしなにかに気づいたように手を止め、くるっと鳴神の方に向き直った。

「・・・ロキくんに聞いてもらう前に、もう一回歌っていってもいい?」

鳴神にとっては、願ってもナイ頼みだった。
ゼヒお願いします!という頼みだった。

こくこくっと頷き、適当に空いている椅子に座る。
まゆらはぺこりとお辞儀をし、歌い始めた。



―――――どこかで、聴いたことがある、懐かしいような、ちょっと切ないような―――――



それは、遠い昔に神界で唄われていた うた。




「鳴神く〜ん、ど〜だった??」

歌い終わったまゆらは鳴神の顔を覗き込んでいた。
しかし、鳴神は反応しない。

「な〜る〜が〜み〜く〜〜ん??」
「・・・・・あ、ああ・・・・大堂寺・・・」

目の前でぶんぶんと手をふられ、鳴神は やっと我に返った。

「もうっちゃんと聞いてた??」
「あったり前だ!すっげ〜よかったぜ〜〜!!」

彼の言語表現では まゆらの歌にどれだけ感動したかを伝えきれなかったが、彼女はそれを聞くと 嬉しそうに笑った。
ロキには こんなに素直に褒めてもらえないからだろうか。



探偵社に向かう途中、鳴神はまゆらに尋ねた。

「・・・なあ、大堂寺・・・この曲、なんていうタイトルなんだ?」
「タイトル??『わたしが天使だったら』だよ!」
「・・・わたしが・・・てんし、だったら??」

うん!とまゆらは微笑んだ。
それは、天使にも負けないくらいだろう。

「・・・ねぇ、鳴神くん・・・」
「ん?なんだ??」
「・・・ロキくん、喜んでくれるかな・・・?」

淡い街灯が、まゆらの横顔を照らしている。
それを見ながら、鳴神は ははっと笑った。

「・・・きまってんじゃね〜か!ロキ、嬉しすぎて倒れちまうかもしれねーぜ!」
「ソレ、オーバーすぎない??」
「そんなコトねーよ。」
「・・・そうかな・・・?」

まゆらは首を傾げている。

「・・・だってよ・・・」

鳴神は俯いた。湧きあがってきた、笑みをこらえきれなくて。




・・・・・・・・私が天使だったら??・・・・・・・お前、天使じゃん。


日常の喧騒、上手くいかないことばかりで落ち込んでいたらしい自分を元気づけてくれたあの歌。



・・・・・・・こんなコトを考えているなんて、俺らしくねぇなぁ・・・と思いながら。




「え・・・『だって』。なぁに??」

まゆらは鳴神の言いかけた言葉に 興味津々だ。
そのきらきらした瞳に見つめられ、鳴神はうっ・・・と つまってしまう。

「・・・つ・・・続きはロキに言ってもらえ!!」
「え〜?なにソレぇ〜〜??」

足早になった鳴神を、まゆらは必死に追う。




街頭には二つの影。

暗く染まった空には星。





心の影を照らしたのは、天使の歌声。

天使の唄った、Engel Song・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・