手のひらに滑り落ちてゆく
ヒトツブ
季節外れの、雨が。
Rain drop
ぱたぱたぱた…と軽やかな足音が広い廊下に響き渡る。
ピンクのエプロンに大きなモップを持ち、右へ左へと小走りに駆けている少女、大堂寺まゆら。
今日は闇野が楽しみにしている登山研究会の集まりがあるとかで、彼女はこの家の主の身の回りの世話を任されたのであった。
広い広い洋館。この屋敷の一部屋一部屋を丁寧に掃除してゆくのは至難の業である。
「この広さを闇野さんはひとりで掃除してるのよね、すごいなぁ〜。」
書斎まで続く廊下を一通り拭き終わったまゆらは、感嘆のため息をついた。
「掃除は終わったのかい、まゆら?」
かちゃ、と書斎の扉が開き、この家の主 ロキが現れた。
本棚の整理をしていたらしい彼は、もう終了したのかこちらに向かってゆうゆうと歩いてくる。
「こんなに広いんだもん、終わらないよぉ〜。」
「あはは、まあ頑張ってくれたまえ。」
にやにやと意地悪く笑うロキに向かってむーっとむくれるまゆらだったが、ふと 何かに気づいたらしい。
ロキのまん前に立つと、彼に向かって「少ししゃがんで」と手招きをする。
彼女は中腰になったロキの黄金の髪に向かっておもむろに手を伸ばすと、ぽんぽんと軽く叩いた。
「…なに?」
「ロキくんの頭、ほこりだらけ。よっぽど長い間本棚のお掃除サボってたんだねぇ〜」
あんまりにも自然すぎる彼女の行動。
そのやわらかな笑顔に。
「…ホラまゆらっ、廊下が終わったら次は応接間の掃除っ!早くしないと日が暮れるよっ!」
甘酸っぱい想いをごまかすかのように、ロキは大声で叫んだ。
応接間はいつも自分の通されている部屋だけあって、まゆらも勝手がわかるらしい。
汚れている箇所を見つけては(普段から闇野が掃除をしているため、十分にきれいではあったが)、丁寧に掃いたり磨いたりしている。
この懸命な彼女を少しほほえましい気持ちで眺めつつ、ロキは外から聞こえる異質な音に気づいた。
窓の向こうを見ると、木の葉が圧を上、枝がぱらぱらと揺れている。
「おや、雨が降ってきた。」
「えっ…あーっホントだっ!うぅ〜…どうしよう……」
ふと呟いたロキの言葉に、まゆらは持っていた雑巾を放り出しておたおたし始める。
そんな彼女の様子を見、ロキはくすくすと笑った。
「大丈夫。通り雨だからじきに晴れるよ。」
「本当…?よかったー…。闇野さんに玄関マットを干すように頼まれたんだぁ〜」
雨が止んだらお洗濯!と気合を入れなおすまゆら。
再び雑巾を持ってせっせと床を磨き始める彼女に、ロキは人知れず優しい瞳を向けた。
急に崩れた天気も少しずつ落ち着きを取り戻し、雨も小降りになってきた。
ロキの仕事机の後ろの窓を、まゆらは鼻歌を歌いながら磨いている。
いつになくご機嫌なまゆら。
ロキは苦笑しつつ、彼女に向かって声をかける。
「嬉しそうだね、まゆら。もしかして雨好き?」
「うん、好き!雨がしとしと降ってる音って、なんだか静かな音楽が流れてるみたいに聞こえるんだよね〜…」
彼女は窓を拭く手を止め、そっと冷たいガラスに触れた。
小さな雨粒を見つめる、大きな彼女の瞳。
ソレはまるで、閉ざされた空間の中に囚われているかのようで。
ロキはたまらず、彼女を後ろから抱きすくめた。
いきなりのことでびっくりしたのか、ロキの腕の中で まゆらは苦しそうにじたばたもがいている。
「ろっ…ロキくんっ…コレじゃお掃除できないよ〜!」
耳まで真っ赤な彼女。
その耳元に鼻を寄せると、ふんわりと流れてくる髪のかおりに。
「空が晴れたら、放してあげる……。」
だからもう少しだけ閉じ込めておきたい。
この空から降る 雨が止むまで
華楠さまのリクで、覚醒ロキまゆ小説でした。コンセプトは新婚さんで。
素敵挿絵を観凪さまが描いてくださいまして、許可を頂いて喜び踊って載せちゃいました〜。
どうもありがとうございました!
