吐いては消える、白い息と。
純白の大地に映える、貴方の足跡。




Cotton snow




 ある一軒の喫茶店。
朝から降り止まなかった雪のせいか、今日は客入りも思わしくなかった。
店内にちらほらと見える人々もほとんどは従業員だというこの淋しさ。


「春華ちゃん、帰ろっか。」


 今日は早めに業務から上がることを許されたヨーコは、たまたまそこに居合わせたと言う同居者の名前を呼んだ。



 扉を開くと、外界一面真白の銀世界。
午前中はちらちらとしか降っていなかった雪だったが、 午後になっても気温は下がらず、全て解けるまでいかなかったらしい。 店内からも見えてはいたが 改めて外に出てみると空気の冷たさも相まって、何だか新鮮に感じた。
「わー、キレイねぇ!」
 ヨーコは地面へ足跡をつけると、ちょこんとかがみこみ、その真白い雪を手に掬って、さらさらとした感触を確かめる。そうしているうちに、雪には何の関心も示さない連れは彼女を追い越し、悠然とした歩調で歩いていってしまったが。



 ヨーコは立ち上がると、辺りを見回す。
結構な繁華街だというのに、人の足跡はそんなについていない。
まだ積もって間もないのだろうか。
今しがた止んだばかりと思われる雪は、綺麗にその余韻を残していた。

 自分の前を歩いていた彼がだんだんと小さくなっていたことに気付き、ヨーコは慌てて足を踏み出した。ほんの5センチほどしか積もっていない雪道だったが、歩いてゆくうちに、だんだんと足が雪に埋まってゆく。 こんなに積もるとは思っていなかったため今日も着物に草履に足袋といういでたちの彼女 だったが、今になり、その格好の心もとなさに気付かされた。
 足袋の間から、雪が入ってきてしまうのだ。
 だんだんと重くなってゆく足を、ヨーコはふと止めた。
 ふぅ、とため息をついて足元を見下ろす。
目の前に、くっきりとついている春華の足跡。
彼女は何を思いついたのか、ぽん、と手を叩くと、雪についた彼の足跡を踏みしめてみた。
これなら雪も入ってこない!
いい方法を見つけたと、自然に笑みがこぼれる。


 しかし、しばらくの間は名案だと思われていたこの方法も、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
そのリーチの差は明らか。 知らぬうちに大股、小走り、ついにはぴょんぴょんとはねる形になっていた彼女。きつい体勢に入ってからこそ、こうなったらなんとしてでも彼の足跡を踏みしめて歩かなきゃ、という変な闘争心が生まれ、知らぬうちにムキになってゆく。
「……オイ、耳出てるぞ。」
「えっ!?」

 あまりに懸命になっていたせいか、自分の姿が変わっていたことに気がつかなかった。
ヨーコは、飛び出した耳を慌てて引っ込める。
「さっきから妙な音がしてたから振り返ってみたが…何やってんだ?」
「や、あのね…草履から雪が入ってきて気持ちが悪いから、春華ちゃんの足跡に乗って歩こうと思って!」
 そう言う彼女を、春華は頭頂からつま先まで眺めた。
「ふーん…ソレはあまりいい考えじゃなかったみたいだな。」
「う……。」
 既に雪まみれとなっているヨーコを見、ふぅっと息をつく。
着物の袖もぐしょぐしょで、これなら草履と足袋の犠牲のみを払った方がましだったと思われる姿。
「大丈夫!ここまで濡れちゃったらもう気にすることもナイし、後からゆっくり行くから。だから春華ちゃんは先に帰ってて。」
「何言ってんだ。」
 彼女はにっこり笑って見せたが、春華は再びはぁ〜っとため息をつくと、わしわしとヨーコの頭を撫でた。そのまま、ひょいと彼女を腕に抱く。
「わっ…!?」
 いきなりのことに、目を丸くするヨーコ。
「…飛ぶか歩くか?」
「……え…歩く……。」
 
 有無を言わさず、彼は半ば強引に足を踏み出していた。
相変わらず、不機嫌そうな顔をしていたけれど。




―――でも優しいんだ…。




ヨーコはほわんと微笑む。


冷たく濡れた着物から伝わる体温。
その腕の、温かさを感じながら。



 「…ありがとう。」



ヨーコは小さく呟いた。





か  ゆ  い  !(パートU)

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