――うさぎ、うさぎ、なにみてはねる…?



淡色譚歌



日も落ち、夕食の献立はなんだろう?と気になり始める時間。
春華は縁側に腰を下ろし、秋風に当たっていた。
今日はなにやら騒がしい。
勘太郎はさっきなにか用事があるとかで出て行ったし、ヨーコは台所でごそごそやってるし。


「う〜さぎうさぎ、なに見て跳ねる〜♪」
ぼーっと考えていた春華の耳に、楽しそうなヨーコの歌声が聞こえてきた。
見ると、廊下の向こうから花瓶を片手に小走りでやってくる彼女。
春華は隣に来た彼女に怪訝そうな顔を向ける。
「…なんなんだ、その歌…?」
「あれ、春華ちゃんは知らないんだっけ?」
春華の問いにヨーコは一瞬きょとんとしたが、すぐに微笑んで答えた。
「今日は十五夜って言ってね、お月様がキレイに見える日なんだよ」
「月が、キレイに見える日…?」
ふと空を見上げる春華。
ヨーコは瞳を閉じて、うっとりとした調子で続ける。
「そうvお団子とすすきをお供えして、みんなでお月見をするの!」
生活暦の1つなんだって!と、ヨーコは付け足した。
黙ってヨーコの説明を聞いていた春華だったが、
「…月なんて、出てナイけどな…。」
「えっ?!!」
ぼそりと呟かれた春華の声に、ヨーコは慌てて空を見る。
「…ホントだ…。」
空はたくさんの雲に覆われていて、少しも向こう側が見えない。
「ソレに、さっきから風も湿っぽいぞ。」
すると、その言葉に呼応するかのように、上から雨粒が降ってきた。
「わぁ〜〜っかんちゃん大丈夫かしら??」
ヨーコは心配そうに外の様子を窺う。
春華も立ち上がり、地面にできたたくさんの滲みを見た。
「あいつのコトだから、雨が降り出す前に気付いてどこかで雨宿りしてると思うがな。」
「…だといいんだケド…。」




雫が色づいた草からこぼれ落ちる。
雨は止んだ。
だが、雨は止んでも、空は晴れない。
待っても、待っても、雲はやってくる。
ヨーコは窓ガラスごしに、くすんだ空とにらめっこ。
「あ〜〜〜っ、どうしてこの日に雨が降っちゃうのぉ??」
ヨーコのあまりにも残念そうな様子を見ながら、春華は茶の間から問いかけた。
「…なぁ、ナニがそんなに大事なんだよ?十五夜っつーのはそれほどの価値があんのか?」
ヨーコはガラスに手を添えたまま、春華の方を向く。
「だって!月へのお供え物って言っても、その辺にあるモノを取ってくるだけでお金もかからナイでしょ…?」
「別にそーゆう理由が訊きたかったわけじゃ…」
呆れ顔の春華。
「ソレに…春華ちゃん、お月見知らないってゆーし…三人では初めてだし…お月見、したいもん…」

俯いたヨーコが、独り言のように呟いた言葉。
ちゃぶ台の上に置かれた、お団子の皿。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



こんな状況、春華も黙ってしまうしかない。
そのとき、沈黙を破るかのように電話のベルが鳴り響いた。
落ち込んでいるヨーコを見、春華は立ち上がる。
そして電話口まで行き、受話器を取った。
「もしもし…って…勘太郎かよ…」
彼の素っ気ない言葉に、相手からの文句の声が響く。
「あー?…うるせぇな…ソレより、アイツ心配してんぞ。早く帰って来いよ。…なにっ?!」
思わず大声叫んでしまった春華。電話の相手はそれほどすごいコトを言ったのだろうか。
「解った…じゃあな…。」
がちゃん、受話器を置く。



春華が茶の間に戻ると、そこには机の上の団子を見ながらぽけーっと座っているヨーコがいた。
「……オイ。」
呼びかけると、ゆっくりと顔を上げる彼女。
春華は小さく微笑んで、言った。
「窓の外、見てみろよ。」
ヨーコは、首を傾げながらも春華に言われたとおり縁側に向かう。




そして・・・・・・・・・




「…春華ちゃん……コレって……!」
「ああ、そうだ。」




空にはまんまる御月様。



ところどころに雲が見えるが、しばらくは月にかかる様子もない。
「月見、これならできるよな?」
「うん!!」
いそいそとお月見の準備を始めるヨーコ。
春華は縁側に座り、その様子を見ていた。



楽しそうな彼女――その姿がたまらなく愛しくて。
もっともっと、見ていたくて。
「なあ…さっきの歌、続きはどんなんなんだ?」
思わず、聞いていた。
きょとんとしたヨーコだったが、準備をする手を休めて春華の横に腰掛ける。



うーさぎ うさぎ なに見てはねる
じゅうごや おつきさま みて はーねる



彼女は唄った。
月にも負けない、満面の笑みで。





同盟様に献上しました。

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