偶然も、奇跡と呼びたくなるのは。



キミがくれたキセキ




『明日はロキくんの誕生日だね』

 突然のまゆらのひと言に、ロキは首をかしげた。もちろん、神である彼に人間のような誕生日があるわけもない。何言ってるのさ、喉まで出かかった言葉をとっさに飲み込み、記憶の糸をたぐり寄せてみる。そういえば前、まゆらに「ロキくんの誕生日っていつ?」と聞かれたときに、とっさに明日の日付を言ったような。
「あ…ああ、そうだったねぇ。まゆら、良く覚えてたじゃん」
「えへへ、モチロンだよ。だってまゆらちゃんは有能な探偵助手なんだから〜!」
 腰に手を当て、得意げな彼女を見ていると、「余計なコトは覚えてるんだから」とは言えない。
「レイヤちゃんや鳴神くんたちを呼んで、ぱあ〜っとパーティしようよ。闇野さんにはもう了解とっといたから♪」
「……こ、行動が早いねまゆら。」
 ため息混じりにそう言うと、「有能助手ですから!」とまゆらはウインクをする。
 ぱあ〜っとパーティかあ……またやかましくなりそうだな。今に始まったことじゃないけど。ソレに、明日の誕生日という名目の記念日は、元はと言えば自分の思いつきから始まったものだったから、文句は言えない。
(別に、ホンモノの記念日じゃないし……)
 まあいいかと、ロキはため息をついた。
考え込む姿を見て、何を勘違いしたのかまゆらがフォローを入れてくる。
「あっ、ロキくんは何も心配しなくていいんだからねっ。飾り付けやお料理は私たちがするから、主役は黙って座ってるだけでいいんだよ〜」
「座ってるだけって……ソレも結構ひどいんじゃないの?」
「う〜ん…じゃあこの雨が明日はあがりますようにってお祈りしててっ。」
 そう言うと、まゆらは窓の外を指さす。さあさあと木々を揺らしている雨粒。それは、一週間前ぐらいから降り続いていた。
「……なかなか無理難題を言うね、まゆらは。」
「え〜っ、全然無理じゃないよぉ」
「そんなコト言って、明日雨だったらどうするんだよ。」
「大丈夫っ、願えば必ず叶うんだから!」
 またも保証のないコトを言った彼女は、明日の準備があるからと雨の中を帰って行った。ロキはその後ろ姿を見送った後、ひとり空を見上げる。星一つ見えず、雲に覆われた空。この空が、明日になって急に晴れるとは思えない。先ほどから雨粒も勢い衰えることなく降り続いている。
(残念がるだろうなあ……まゆら。)
 自分にとってはたいしたことでなかったが、明日という日を楽しみにしている彼女にとって天気はとても大切なことなのだ。恐らく庭にテーブルを持ってきて、野外パーティをしようとでも考えているのだろう(ヤミノくんが新しいテーブルクロスと日よけパラソルを用意していたし)。
ロキだって、彼女の悲しむ顔を見たくない。自分が願ってどうなることでも無いだろうと思ったが、空を見上げ、見えない月に祈った。
「お日様を見せてよ。あの純真なお嬢さんのために、さ」


******


 かちゃ、扉を開け、瞳を射す光を手でよける。昨日までの雨が嘘のような空。雲一つ無い青空を見上げ、ロキは皆の待つ庭へと向かう。主役の登場を出迎えたのは、鳴神とレイヤだった。
「おっ、来たな〜、ロキ!」
「ロキ様、お誕生日おめでとですぅv」
 いつもの学ランをきた鳴神の口は、もう既に食べ物でいっぱいだった。仮にも人の誕生日なのだからきちんとした格好をしてくれと言いたい所だったが、これが彼の一張羅、精一杯の装いなのだと解っていたので何も言わずに手を振る。一方レイヤはふわふわのドレスを着て満面の笑みを浮かべている。
「ロキの誕生日が今日だったなんてなあ〜。俺、すっかり忘れてたぜ!」
「あははは…今日は来てくれてありがとう。」
 豪快にジュースをあおる鳴神に、ロキは愛想笑いを浮かべる。
覚えているはずがない。いくら鳴神の物覚えが悪いといっても、元々今日はロキの誕生日なんかではないのだから、覚えていろという方が無理だ。
「誕生日にこんな盛大な会を開いてもらえるなんて、お前は幸せ者だぜ。」
「本当ですよねぇ〜、この飾り付け、まゆらさんが頑張っていたですよ〜。レイヤ、見ていてほれぼれしましたですぅ〜」
 辺りを見回し、ほぅ…っと感嘆のため息をつくレイヤ。その瞳はきらきらと輝いている。
よく見ると、庭はすっかりパーティ風に飾り付けられていた。色とりどりのリボンが掛かっており、テーブルには季節の花が置かれている。よく短時間でできたものだなあ、思わずロキは感心してしまった。
 その当の彼女はどこにいるのだろう。きょろきょろと周りを見ると、丁度まゆらは闇野の料理を運んでくる所だった。ぱちっと目が合い、嬉しそうに微笑む。白いワンピースを身にまとった彼女は、日の光に照らされて輝いて見えた。
「へへ、楽しんでる?ロキくんっ。」
「……まあね。頑張ったねぇ、まゆら。」
「そうかなぁ?お料理はほとんど闇野さんが作ってくれたんだケドね。」
 照れたようにまゆらは笑い、料理を並べていく。ロキは後ろから静かにその様子を眺めていたが、最後の一皿を並べ終わったと同時に、彼女は彼の方に向き直った。
「今日はありがとう、ロキくん」
「何言ってるのさ、ソレはこっちの台詞だよ。」
「ううん、今日晴れたのは、ロキくんがお祈りしてくれたおかげだよ。」
「そんなの…偶然じゃん。」
「偶然でもいいの……嬉しかったの。」
 まゆらはにっこりと笑う。その笑顔は昼間の太陽にも負けないくらいだった。


本当に、ボクは何もしていない―――誕生日も嘘だったのに。偽物だったのに。
でも、嘘でもキミは真実にしてしまう。偽物でも本物にしてしまう。


(最初は、誕生日会なんてバカみたいだって思ってたのにな。)


 たとえ偶然だったとしても、ソレを奇跡だと信じたくなるのは。


「……キミが、傍に居てくれるからなんだろうね。」
「え、何か言った?」
「ううん、なんでもない。行こうか、まゆら。」
 きょとんとしているまゆらの手を取り、ロキは歩く。
心の中でそっと、ありがとうと呟きながら。



――――今日は、ふたりの記念日。





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