絶妙なるトライアングル





 放課後の被服室。席はたくさん空いているというのに、ひとつの長机に椅子をぎっしり三つ並べて座っているのは、他人から見ればなかなか不思議な光景ではないかとぼんやり思った。
 俺、桐谷修二の横には小谷信子――通称野ブタが座っている。必死に手を動かしている彼女とは対称的に、その隣にいる草野彰はすっかり飽きた様子で彼女の手元をぼーっと見ていた。それに気づいた俺は、腕を伸ばして奴の背中を突っつく。
「オイ、眺めてても終わらねーぞ。」
「ふぐぅっ、不意打ちとはやるな、おぬしっ……」
「野ブタも。ここ、編み目が飛んでるぞ。」
「………本当だ。」

 何が悲しゅうて、こんな場所で放課後を過ごしているのかなんて聞かないで頂きたい。まあ言ってしまえば、つい先日家庭科の課題が出されたせいなのだが。内容は編み物。セーターでも手袋でも好きなモノを作りなさいというなんともアバウトなものであり、授業中で完成可能なはずだった。しかしどうしたわけか、俺の隣の二人は終わらなかったらしい。今日の放課後までに仕上げなければならないということで、面倒見のいい桐谷修二くんはこの二人につき合わされてしまったのだった。
「いーよねぇ、修二は器用で〜〜」
「真面目にやってりゃ終わるんだよ。そんなことより手ぇ動かせ。ほら、野ブタの腹巻きももうすぐできあがりじゃんか。」
「……コレ、腹巻きじゃなくてマフラーなんだけど…」
「ありがちなボケなのねー。修二くん、10点減点っ!」
「………。」


 そんなこんなで、暫くの間は無言の作業が続いた。一生懸命やっている二人には悪いが、はっきり言って見ているだけの俺は退屈で仕方がない。そんなときに目に入った野ブタの赤い毛糸。よくよく考えてみれば、腹巻きに赤を使うなんて珍しい話か。いや、腹巻きなんて手作りしたことも貰ったこともないから解らないけど。
それにしても鮮やかな色だ。試しに毛糸玉から糸を一本適当な長さに切り、自分の指に巻いてみた。あれ、何かどこかで見たことあるぞ。
「……修二くん、ソレってもしかして運命の赤い糸のつもりですかぁ?」
 俺の意味のない行動に、彰が目敏く反応する。真面目にやっていると思ったのは間違いだったのか。普段はへらへらっとしているくせに、変な部分には神経使ってるんだな。俺がはあっとため息をつくと、彰の声に呼応するかのように野ブタも顔を上げた。
「…小学生の時とかやらなかったか?ホラ、こーんな感じで二人は一緒……ってな。」
俺はさり気なく隣にいた野ブタの手を取り、糸の反対側をするするっと巻く。こんなんで運命だなんて、あの頃はガキだったなー…などと懐かしさに耽っていると、きょとんとした野ブタの隣から鋭い視線を感じた。
 げ、しまった……と思ったときは、すでに遅かったというかなんと言うか。
「どさくさに紛れて何してるんですか〜〜〜?」
「い、いや別に……ふ、深い意味はねぇよっ。」
 言葉ではこう答えつつも、両頬が熱くなっていくのが解る。もしかして俺、すっげー恥ずかしいコトしてんじゃない?
そんな俺の反応に、彰はますますぶすっと顔をゆがめる。そうかと思うと、彼は素早く毛糸玉を奪い(律儀に「野ブタ、俺にも毛糸ちょうだい」と断ってから)、無言で毛糸を切り始めた。そして自分の指に結んで、次は端を隣の野ブタの小指に絡めて……とそこまではよかったが、彼女の指になかなか結べない。
「うぅ〜〜っ、絶対二人は一緒なぬ〜〜!の、野ブタっ、応援ヨロシクっ!」
「……が、頑張れ…」
 奮闘している彰。おいおい野ブタ、明らかによく解っていないくせに応援なんかするなよ。
そうツッコミつつも俺の胸に広がっていく気持ちは、優越感にも似たような。

(なんか……よかった、かも)







 *おまけのその後*
彰:「はぁっはぁっ……一人の力じゃダメみたいっちゃ。野ブタ、頼むっ……」
信子:「こ、こう…?」
彰:「そうそう。ん〜、初めての共同作業って感じでいいねっ!いいだろ、修二☆」
修二:(……アホか)






野ブタ祭りへの献上品。

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